
「ウナギ学」創生し、東アジアが足並みそろえて資源の保全を——塚本勝巳・日本大学教授に聞く
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まだ誰も見たことのないウナギの産卵
——生態を解明する最先端の研究として、先生はニホンウナギの産卵、生殖の瞬間を発見なさろうとしている。5月にマリアナ沖で行った最新の調査の成果と、この研究の意義について教えてほしい。
あの広い海でオスとメスがどうやって出会うのか、それが不思議で仕方がないし、まだ誰も見たことがない。昼の間、視覚で餌をとる捕食者を避け、真っ暗で冷たい深い海(水深800mくらい)にいる親ウナギが、夜になると温かい、浅い層(200mくらい)まで上がってくる。新月が近くなると、浅層の高い水温によって、メスの卵巣で排卵が起こる。
すると、メスのおしりからフェロモンが出る。オスが寄ってきてメスのおなかやエラをツンツンと突いて産卵を促す。メスが大量の卵を放出する。それにオスが精子をかける――。大体こういうことだろうと想像しているが、これは実験室の中で人工的なホルモンを与えて成熟させたウナギの行動実験を基に描かれるシナリオだ。
産卵シーンを見ることができれば、自然界で一度にオスとメス、何匹ぐらいが集まっているのかわかる。また、そのウナギが集まる場所にはどんな物理的、化学的、生物学的条件があるのかが特定できる。産卵親魚の数や性比が推定できれば、資源管理や増殖対策を立案する上でも大きなヒントが得られる。
さらに、ウナギが成熟して産卵する時に必要な条件が分かれば、それは取りも直さず完全養殖の技術開発において、最適な環境条件を人為的に制御することで、メスが産む卵の質を飛躍的に向上させることにもつながる。これまでの研究で、ウナギの子どもがどんな環境で育っていくかはほぼ分かっている。しかし、親がどのように成熟して産卵に至るかは未解明。だから産卵シーンを見ることが非常に大切になってくる。
残念ながら、船上で確認した限りでは、今年の航海ではウナギの産卵シーンは発見できなかったらしい。今後は潜水艇や深海カメラで撮影した映像や、さまざまな観測データをさらに細かく解析して、詳しい情報を集めたい。
卵やレプトセファルスを採集するための、直径3メートルの大型プランクトンネット=塚本教授提供
「環境DNA」技術でピンポイントを探る
われわれの研究チームは、1991年の研究航海で採集したレプトセファルス(ウナギの幼生)の分析を通じてウナギの産卵場所をほぼ特定した。これは長径100キロとか200キロにもおよぶ大きな楕円(だえん)状の範囲だった。卵を採集した2009年には、それを10キロ単位の範囲まで産卵場を絞り込むことができた。ところが、実際に産卵シーンを見るためには広い海の中でその場所を数十とか数百メートルという範囲のピンポイントにまでさらに絞り込まねばならない。しかも産卵は一瞬のうちに終わる。それ以前の、コートシップと呼ばれる求愛行動の時間を含めても数時間は決して超えないだろう。
水深200メートルぐらいが産卵場所だろうということは分かっているが、われわれの現在の実力である「10キロの範囲」からどのくらい絞り込みができるかが成否の鍵を握っている。今回の航海調査の最大の成果は、「環境DNA」の技術を使って海の中から親ウナギが放出したDNAを検出し、推定産卵地点を10キロから数百メートルくらいまでその範囲を絞り込むことができそうだと手応えを得たことだ。
新月の3日前が産卵のピークと推定しているが、今回は新月の5日前に環境DNAの予兆を探知し、3日前には非常に大量の環境DNAのシグナルを得た。近くで産卵が起こったのだと思う。無人探査機(ディープ・トゥ)のカメラには、傷ついたウナギらしき映像が記録された。
最終的には将来、有人潜水調査船「しんかい6500」を使って夜間潜航を行い、産卵の瞬間を観察したい。産卵行動はこれまでに得られたさまざまなデータの解析から午前1時ぐらいと推定している。しかし、現在は安全上の問題から、「しんかい6500」では夜間潜航はできない。この点も技術的、制度的にいつの日かクリアされることを祈っている。
調査に使われた有人潜水調査船「しんかい6500」=©JAMSTEC
生態の“謎”解明し、完全養殖の実用化へ
——研究者として、ウナギという生物のどの部分に魅かれるか。
ウナギは「もしかしたら魚ではないのではないか」と思うぐらい奇妙な魚。まず、魚なのに胸びれ以外のひれは目立たない。実際、腹びれは全くない。レプトセファルスという特別な幼生になるのもユニーク。なぜあのような変わった形になるのか。赤ちゃんの状態は、およそ親とは似ても似つかない。クネクネと柔軟に曲がり、ヌルヌルとした体も面白い。あっと驚くような超能力も備えている。皮膚呼吸ができるから、湿った環境なら陸上でも2、3日は生きていられる。大きな滝もはい上って行ける。
一番魅かれているのはウナギの大回遊。わざわざ何千キロも離れた場所に卵を産みに帰っていく。どうやって目的地が分かるのか、どうしてあの場所でないといけないのか、そもそもなぜあんな長旅をするのか、不思議で仕方がない。生態学的に、非常に興味がある生活史を持っている生物だ。
ウナギの基礎研究で、日本は世界のトップを走っている。太平洋のニホンウナギは卵も親ウナギも産卵場で採取できていて、産卵地点さえ特定できるようになった。しかし、大西洋のヨーロッパウナギの産卵場はおおよそ1000キロほどの広い範囲でしか分かっておらず、卵も親ウナギも獲れていない。実用化に向けた養殖技術の点でも、日本ほど進んでいる国はない。
完全養殖の実験的なプロセスはできている。しかし大量に稚魚(シラスウナギ)をつくり、産業化するレベルにはまだ達していない。現在は、シラスウナギを1匹つくるのに数千円のコストがかかる。それを数十円レベルにするのが目標。せめて数百円になれば、天然のシラスウナギが大不漁になった時には販売できる水準になる。いま少し開発研究が進めば必ず実用化の道が開け、人工生産のシラスウナギが大量に生産できるようになる。天然のシラスウナギに代わってこれを養鰻の種苗に使うことで、天然のウナギ資源へのインパクトを大幅に軽減でき、資源保護が実現することだろう。
聞き手・文=石井雅仁(ニッポンドットコム編集部)
バナー、インタビュー写真撮影=大谷清英(ニッポンドットコム編集部)