アニメ作品の舞台を追体験する「巡礼」:ファンにとどまらない社会現象に

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酒井 亨 【Profile】

アニメ映画『君の名は。』の舞台モデルとなった岐阜県飛騨市や長野県の諏訪湖に、国内外から大勢の観光客が訪れている。これまでアニメファンだけの現象だった「聖地巡礼」だが、その対象はさらなる広がりを見せている。

架空の祭りを地元に“再現”:金沢市の湯涌温泉

アニメ聖地巡礼地として注目されている場所の中で、筆者が特記したいのは、筆者が現在暮らす石川県が舞台の『花いろ』、地元自治体が巡礼マップを作製して好評な岐阜県高山市の『氷菓』、それから集客効果が最も高いと思われる茨城県大洗町の『ガルパン』である。

『花いろ』は、金沢市の湯涌温泉にかつてあった老舗旅館をモデルにしたとされるオリジナルアニメ作品。旅館で働く女将の孫娘と同僚たちとの人間模様や成長を描いた物語である。

ここの特徴はアニメ作品の中に登場した架空の温泉街の架空の祭り「ぼんぼり祭り」を、作品の放映があった2011年10月に地元で実際に実施し、アニメの世界を再現してしまったことだ。この祭りはその後も毎年開催され、16年には6回目を数えた。地元では、この祭りを一過性のイベントではなく、伝統行事化することを目指している。

フィクションの舞台となったことがきっかけでできた祭りでは、落語から派生した東京の「目黒さんま祭り」が有名だが、アニメを起源とした祭りは現在のところ湯涌温泉が唯一である。またアニメに登場する駅のモデルとなった西岸駅(石川県七尾市)にもファンが訪れ、それを運営するのと鉄道が『花いろ』キャラクターのラッピング車両を走らせたりしている。典型的な過疎地であるが、ラッピング車両を走らせるとカメラ片手にファンが訪れ盛況だ。

「湯涌ぼんぼん祭り」の様子(写真提供:酒井亨)

「聖地巡礼マップ」10万部超す:岐阜県高山市

『氷菓』は、米澤穂信の小説「古典部」シリーズを原作にしたもので、高校生が日常の些細な出来事の謎解きをする、いわば他愛のない内容である。しかし原作者が高校時代を過ごし、アニメの舞台モデルとなった高山市の風景がきわめて忠実に、美しく描かれており、それに魅了されたファンが多数訪れるようになった。高山市役所が「聖地巡礼マップ」を作成したところ好評で、次々と増刷となり、10万部を超えた。高山の街を歩くと、そのマップを片手にしている若者の姿をよく目にする。街中のアンテナショップ「まるっとプラザ」には、『氷菓』コーナーがある。アニメに登場した喫茶店やカフェ、神社を訪れるファンも多い。

「まるっとプラザ」内の『氷菓』コーナー(写真提供:酒井亨)

『ガルパン』は、女子高生が「戦車道」という戦車操縦を競い合うというユニークな仮想世界で主人公たちが成長していく物語である。舞台モデルとなった茨城県大洗町が水戸市の隣で、首都圏の周辺部に位置することから、特に訪れるファンが多い。地元商店街も主な商店前にキャラクターをあしらったパネルを設置し、訪れるファンを快く受け入れる。訪問者の中には作品のファンという枠を超え、大洗そのもののファンになる人も少なくない。大洗磯前(いそさき)神社にはアニメ絵を描いた「痛絵馬」(※1)用の絵馬掛けも備えられ、多くのアニメファンが痛絵馬を残していく。ファンが描く絵は玄人はだしのものも多い。

磯前神社の「痛絵馬」(写真提供:酒井亨)

(※1) ^ アニメの登場人物を描いた絵馬を痛絵馬という。若者言葉として、ある趣味に没入し過ぎ痛々しいことを「痛い」と言い、アニメファンが奉納する絵馬を「痛絵馬」と呼ぶ。アニメの舞台地やその集落にある神社でよく見られる。

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金沢学院大学基礎教育機構准教授。1966生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。台湾大学法学研究科修士課程修了。アジアの政治、経済、文化に関する研究に加え、近年は日本のアニメ文化とその影響力について調査している。著書に『アニメが地方を救う! ? - 聖地巡礼の経済効果を考える -』(ワニブックスPLUS新書、2016年)がある。

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