アニメ作品の舞台を追体験する「巡礼」:ファンにとどまらない社会現象に
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2016年、アニメ映画の大ヒットが相次いだ。『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』。年が明けて17年になってもこの流れは止まらず、2月18日封切の『劇場版ソードアートオンライン』も好評だ。
アニメの舞台モデルなどになった場所を訪ねることを「アニメ聖地巡礼」と呼び、16年には「ユーキャン流行語大賞」のトップ10にも選ばれたように、アニメ聖地巡礼(あるいはアニメ舞台地探訪)は、社会現象として大きな注目を集めている。全国に総数5千カ所あるが、うち人気があるのは700カ所程度とみられる。
現実の風景描く「大人のアニメ」:舞台地にファンが注目
昨今、アニメ聖地・舞台地が注目される理由として、アニメが現実の風景をモデルとして描くようになったことが大きい。アニメの中身や作画の緻密化にある。
日本人は戦後アニメに親しんできたが、一昔前までは子供が見るものだった。だが最近のアニメはむしろ20代を中心に大人が見るものが多くなっている。その流れは1990年代半ばごろから起こった。そして2000年代を通じて、大人が見る「深夜放映のアニメ」が急増した。その数は年間150本を超える。視聴者たちの目はどんどん肥えていき、本数は増えても粗製乱造とはならず、作品のキャラクター設定、ストーリー内容、演出、脚本、作画、いずれもどんどん緻密なものが求められるようになった。そして見るものを引き付ける作品も多くなったことで、ファンに舞台モデルとなった場所を訪ねてみたいという欲求も高まり、「アニメ聖地巡礼」につながったのだ。
「聖地巡礼」という言葉は、もともとイスラム教やカトリックにおいて使われてきたが、それがアニメにも使われたのは、ファンの作品に対する思い入れの強さが敬虔(けいけん)な信者に似ているからである。
マスコミが注目し脚光、地域活性化につなげようとするケースも
アニメ聖地巡礼の起源には、諸説ある。ある程度の規模で継続して見られるようになったのは、2002年放映の『おねがい☆ティーチャー』の舞台モデルとなった長野県大町市の木崎湖周辺にファンが多数訪れるようになったことだとされる。しかしこの段階ではファンが勝手に訪れているだけで、地元自治体や商店街が積極的にファンサービスを展開したわけではなかった。
アニメ聖地巡礼がマスコミなどに本格的に注目され、地元商店街がファンに呼応する取り組みを始めた嚆矢(こうし)は、07年放映の『らき☆すた』の舞台モデルとなったとされる埼玉県久喜市の鷲宮神社周辺である。番組が放映されると、鷲宮地区にファンが大勢訪れるようになり、鷲宮神社に参拝する人も急増した。地元商店街も最初は戸惑いを見せたが、スタンプラリーや特典商品などのサービスを展開した。
その後も大ヒット作品となった09年・10年放映の『けいおん!』シリーズの滋賀県豊郷町や京都市三条通り、10年・13年放映の『とある科学の超電磁砲』の東京都立川市、11年・13年放映の『たまゆら』シリーズの広島県竹原市、11年放映の『花咲くいろは(略称:花いろ)』の石川県金沢市および七尾市中島町、11年放映の『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(略称:あの花)』、12年放映の『氷菓』の岐阜県高山市、12~13年放映の『ガールズ&パンツァー(略称:ガルパン)』の茨城県大洗町、13年・14年放映の『ラブライブ!』の東京都千代田区・神田明神などがアニメ聖地巡礼の定番である。
アニメ聖地巡礼は、特に若者の間では以前から知られた現象であったが、16年に邦画としても興行収入史上2位を記録した『君の名は。』によって、その舞台モデルとなったとされる岐阜県飛騨市古川地区や長野県の諏訪湖に一般人も殺到、アニメファン以外の一般人にも認知されるところとなった。出版社のKADOKAWAなどが中心となって「一般社団法人アニメツーリズム協会」が16年9月に設立され、「アニメ聖地88カ所」をネット投票で選定する試みも進行中だ。
また、アニメ聖地巡礼は、過疎地であれば地域活性化につながることもある。12年以降には最初から制作側と自治体がタイアップして、地域活性化につなげようとする例が増えている。
架空の祭りを地元に“再現”:金沢市の湯涌温泉
アニメ聖地巡礼地として注目されている場所の中で、筆者が特記したいのは、筆者が現在暮らす石川県が舞台の『花いろ』、地元自治体が巡礼マップを作製して好評な岐阜県高山市の『氷菓』、それから集客効果が最も高いと思われる茨城県大洗町の『ガルパン』である。
『花いろ』は、金沢市の湯涌温泉にかつてあった老舗旅館をモデルにしたとされるオリジナルアニメ作品。旅館で働く女将の孫娘と同僚たちとの人間模様や成長を描いた物語である。
ここの特徴はアニメ作品の中に登場した架空の温泉街の架空の祭り「ぼんぼり祭り」を、作品の放映があった2011年10月に地元で実際に実施し、アニメの世界を再現してしまったことだ。この祭りはその後も毎年開催され、16年には6回目を数えた。地元では、この祭りを一過性のイベントではなく、伝統行事化することを目指している。
フィクションの舞台となったことがきっかけでできた祭りでは、落語から派生した東京の「目黒さんま祭り」が有名だが、アニメを起源とした祭りは現在のところ湯涌温泉が唯一である。またアニメに登場する駅のモデルとなった西岸駅(石川県七尾市)にもファンが訪れ、それを運営するのと鉄道が『花いろ』キャラクターのラッピング車両を走らせたりしている。典型的な過疎地であるが、ラッピング車両を走らせるとカメラ片手にファンが訪れ盛況だ。
「聖地巡礼マップ」10万部超す:岐阜県高山市
『氷菓』は、米澤穂信の小説「古典部」シリーズを原作にしたもので、高校生が日常の些細な出来事の謎解きをする、いわば他愛のない内容である。しかし原作者が高校時代を過ごし、アニメの舞台モデルとなった高山市の風景がきわめて忠実に、美しく描かれており、それに魅了されたファンが多数訪れるようになった。高山市役所が「聖地巡礼マップ」を作成したところ好評で、次々と増刷となり、10万部を超えた。高山の街を歩くと、そのマップを片手にしている若者の姿をよく目にする。街中のアンテナショップ「まるっとプラザ」には、『氷菓』コーナーがある。アニメに登場した喫茶店やカフェ、神社を訪れるファンも多い。
『ガルパン』は、女子高生が「戦車道」という戦車操縦を競い合うというユニークな仮想世界で主人公たちが成長していく物語である。舞台モデルとなった茨城県大洗町が水戸市の隣で、首都圏の周辺部に位置することから、特に訪れるファンが多い。地元商店街も主な商店前にキャラクターをあしらったパネルを設置し、訪れるファンを快く受け入れる。訪問者の中には作品のファンという枠を超え、大洗そのもののファンになる人も少なくない。大洗磯前(いそさき)神社にはアニメ絵を描いた「痛絵馬」(※1)用の絵馬掛けも備えられ、多くのアニメファンが痛絵馬を残していく。ファンが描く絵は玄人はだしのものも多い。
(※1) ^ アニメの登場人物を描いた絵馬を痛絵馬という。若者言葉として、ある趣味に没入し過ぎ痛々しいことを「痛い」と言い、アニメファンが奉納する絵馬を「痛絵馬」と呼ぶ。アニメの舞台地やその集落にある神社でよく見られる。
年100万人が「巡礼」。アジア各国や欧米からも
ある推計では、アニメ聖地巡礼者は年間のべ100万人に上るとされる。『君の名は。』によってそれはさらに増えたことだろう。いずれのアニメ聖地にも、カフェ、自治体、駅などに必ずといっていいほど「巡礼ノート」と呼ばれるファンの探訪ノートが置かれている。その書き込みを見ると、日本国内各地からだけでなく、海外からも訪れていることが分かる。アニメは世界の中間層の若者にも人気だからだ。アジアでは台湾を筆頭に、香港、韓国、中国、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア。欧米ではフランス、米国などからのファンの書き込みを目にする。
とはいえ、アニメ聖地となればそれで万々歳かというと、そう簡単ではない。そもそも、今やアニメによる地域振興は定番となりつつあるため、自治体や商店街が地元を舞台としたアニメを制作してほしいと望んでも、それが実現されるのはきわめて狭き門なのだ。そもそもアニメ制作側の人たちは、いわば職人気質や芸術肌なので、地元の要望は度外視されることが多い。また幸運にも舞台モデルに選ばれても、その作品の評価が高くないと、ファンがつかないし、聖地巡礼に訪れてもらえない。さらに聖地巡礼に来たファンを地元が適切にもてなし、リピーターになってもらえないと、活性化につなげることはできない。
多くの留保は必要だとはいえ、「アニメ聖地巡礼」は、今の日本のポップカルチャーを象徴し、誘客効果が見込まれる社会現象である、という点だけは間違いない。
バナー写真:『花いろ』のラッピング車両(写真提供:酒井 亨)