日本における介護殺人の現場と今後の課題

社会

湯原 悦子 【Profile】

日本各地で生じ続ける介護殺人について、現状や課題を分析し、事件防止に向けて考える。

海外の介護者支援に学ぶ

日本において支援が必要な高齢者の法律としては、1997年に制定された介護保険法がある。この法を根拠に、65 歳以上の要支援または要介護状態にある者、あるいは40 歳以上65 歳未満で要支援、要介護が認定され、法に指定された特定疾病に該当している者が心身の状況に応じてサービス給付を受けることが可能になった。ところが介護者に関しては、支援の基盤となる法制度が十分に整備されていない。介護保険法における地域支援事業には家族支援事業、家族介護継続支援事業が挙げられているが、これらは任意事業であるため、自治体には必ず行わなければならない義務はない。その他、高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律には高齢者の養護者に対する規定もあるが、この法はそもそも高齢者の権利を守ることを主眼としており、高齢者が虐待されないために介護者への支援が必要であるという認識である。

一方、海外に目を向けると、ここ20年ほどで介護者支援の基盤となる法制度の整備が大きく進んでいる。例えば英国では、介護者支援は単に在宅での介護の継続を目的にした支援のみを行っているわけではなく、介護者法のもと、介護者を要介護者とは違う個人として認め、その社会的役割を確認し、介護者への支援は彼らが介護を原因に社会から孤立しないことを目指すものとしている(三富2000:18)。オーストラリアにおいても連邦としての介護者支援の基盤となる基本法を置き、州ごとの介護者支援の法整備を推進するなど、介護者支援の充実を目指す動きが広がっている。これらの国々では、介護者を独自のニーズを有する個人と認識し、「社会的包摂」を目的に介護者法を基盤に据え、支援に向けた財源を確保している。そして自治体は介護者とサービス提供者に法の内容を告知し、介護者アセスメントを実施し、その結果に基づき適切なサービスの給付を行っている。最近は世帯全体に目を向け、包括的な支援の推進にも努めている。このような取り組みは、この先日本で介護者支援を進める上で大きな指針となり得る。

おわりに

同じような介護殺人が、日本各地で繰り返し生じ続けている。私たちはこの現実を真摯(しんし)に受け止め、もう二度と事件が生じないよう、過去に生じた事例に学び、施策の充実を図り、介護者に対し公的に支援を行うシステムを整備していかなければならない。

そのために、私たちは介護者支援の先進国から学ぶ必要がある。被介護者のみならず介護者をも支援する視点は、ケアに対する人々の漠然とした不安を和らげ、将来の安心へとつながっていく。大切な人の介護を担うことになったとしても、自分らしく、尊厳を保ちつつ生きられる社会を構築していくことが必要である。そのプロセスの中で、介護殺人を減らしていくことができるのではないかと筆者は考える。

(2016年9月15日 記)

バナー写真:介護されて歩くお年寄り=2013年4月3日、愛知県名古屋市(時事)

引用文献

内閣府『平成26年版高齢社会白書』

厚生労働省「平成26年国民生活基礎調査(平成25年)の結果から」

湯原悦子(2011)「介護殺人の現状から見出せる介護者支援の課題」日本福祉大学社会福祉学部『日本福祉大学社会福祉論集』第125号, pp.41-65.

太田貞司(1987) 「在宅ケアーの課題に関する試論-老人介護事件の検討から」『社会福祉学』28 (2), pp.54-75.

牧野史子(2011) 『平成22 年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業ケアラーを支えるために家族(世帯) を中心とした多様な介護者の実態と必要な支援に関する調査研究事業報告書』NPO 法人介護者サポートネットワークセンター・アラジン.

明治安田生活福祉研究所(2014)「介護する不安とされる不安 -介護の不安に関する調査」

三富紀敬(2000)『イギリスの在宅介護者』ミネルヴァ書房.

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日本福祉大学社会福祉学部社会福祉学科准教授。研究分野は社会福祉学、司法福祉。1992年名古屋大学法学部卒。2003年日本福祉大学大学院社会福祉学研究科修了。社会福祉学博士。2001年4月~2003年3月日本学術振興会特別研究員。2008年4月~2009年1月メルボルン大学文学部犯罪学専攻在籍。主な著書に『介護殺人―司法福祉の視点から』(2005年、クレス出版)、『社会福祉研究のフロンティア』(共著、2014年、有斐閣)など。

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