立法会選挙と香港の未来:香港政治が専門の立教大学准教授倉田徹さんに聞く

国際・海外

野嶋 剛 【Profile】

香港立法会選挙を9月4日に控え、争点が選挙そのものの妥当性に変わった。今後、街頭政治が再燃しかねない状況で、倉田徹氏は、根本解決には香港統治の原点回帰しかないと考える。

倉田 徹 KURATA Toru

立教大学法学部政治学科教授。1975年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。大学院在学中に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会研究域法学系准教授を経て2013年から現職。中国現代政治が専門。著書に『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)=2010年度サントリー学芸賞

無視できなくなった香港独立の主張

野嶋

 現状では、香港の立法会は親中派が過半数の35議席を超えて40数議席を有し、民主派は30議席に届かないまでも3分の1を超えるので、重要法案の否決が可能です。こうした従来の立法会の勢力図が大きく変わる可能性はあるのでしょうか。

倉田

 親中派と民主派、本土派の勢力図の変動はそれほど大きくならないでしょう。ただ、今のように、親中派は過半数を取っても3分の2には届かないかもしれません。そうなると、普通の法律は通せても、重要な法案は通せないという均衡は保たれます。しかし、今回、世代交代は確実にあります。特に民主派のエミリー・ラウ(民主党、劉慧卿)氏や、アルバート・ホー(何俊仁)氏などは議会を去ることになります。彼らのように、1989年の天安門事件のときに若者として抗議運動に関わり、世界的に名前を知られて、政治家になった人々が退場するわけで、時代の終わりを感じさせます。その空白を誰が埋めるのかが問題で、民主派の後継者が埋めるのか、あるいは別の本土派の若者が埋めていくのかは見どころだと思います。

今回の選挙では、伝統的な民主派がかなり危機にさらされる可能性があります。彼らは過去30年にわたって中国に対して天安門事件の追悼集会を開いて、民主的な中国を作れと訴えてきて、それなりに頑張ったと思いますが、残念ながら、中国はおろか香港の民主化も実現できていないです。今回の選挙で本土派がかなりの支持を得るとなると民主派もその現実を直視せざるを得なくなります。民主派は本来ナショナリストであり、中国に対する愛国心があってやってきたので、香港独立は本質的に方向性が違います。しかし、今は本土派や独立派などは相手にしないようにしていますが、世代交代もあって選挙後に新しい主張を受け入れて変わる可能性があります。

野嶋

 事前審査を行わなければならないほど、香港独立の主張は力を持ってきているということでしょうか。

倉田

 香港独立という主張が、北京のボトムラインに完全に触れているということは言えるでしょう。民主化を求めるとか、真の普通選挙の実現とか、2014年までの香港人の要求は、中国が認めるかどうかは別にして、議論することはできました。しかし、香港独立は有無を言わさず受け入れられないのが中国です。今年2月の旧正月に旺角での騒動がありましたが、当時、中国側は初めて「分離勢力」という言葉を使って批判しました。従来、チベットやウイグルの反政府勢力に対して使われてきた言葉です。国土を切り取って独立することに当たるもので、それをつぶすことは、香港の法の支配や国際的評判など、一切合切すべてを凌駕(りょうが)する最優先課題であり、実行には手段を選ばないという判断です。

野嶋

 だから、選挙における立候補資格の事前審査という、香港の価値観からすれば受け入れられないような手段も講じてきたわけですね。

倉田

 中国政府は香港の価値観と矛盾をしても、自分たちの最も重視する原則を守るという意識を国家全体で強めています。例えば、香港においては、これも禁じ手であるような銅鑼灣書店の関係者を拉致した疑いが持たれていますが、中国からすれば習近平の悪口を書いた本を通販で大陸に送っているのは国家の安全上、許せないという理屈です。香港独立も、国家の安全を脅かすとの考えなので、候補者を事前審査してふるい落とすことに迷いはありません。かなり中央政府ないしは中央政府側の機関から、香港独立を言うような人間を議会に入れることは許せないという意向が香港政府に示されているのではないでしょうか。

次ページ: くすぶり続ける街頭政治へのムード

この記事につけられたキーワード

デモ 台湾 香港

野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

このシリーズの他の記事