「ポケモンGO」世界的熱狂の原点と節目を迎えるゲーム市場

経済・ビジネス 社会 文化

今夏、世界で爆発的ヒットとなった「ポケモンGO」の大成功の要因を20年前のポケモン誕生までさかのぼって考察、PlayStation VR発売を視野に、今後のゲーム市場を展望する。

この夏、いったい何百億個のモンスターボールが仮想空間に投げられたのだろうか。世界の人々がプレイした「ポケモンGO」。不幸な事件と心温まるエピソード、数々の報道。および評論・分析記事もまた大量に世界で公開されたが、まだあまり語られていない事柄についてここでは書いてみたい。

ギリシャ神話のように緻密なキャラクター設定

私は1980年代後半から90年代前半にかけてポケットモンスターの原作・開発をしたゲームフリークの面々とよく仕事をした。私が出版社の編集者時代、書き手として執筆してもらっていた。私よりも年下だが、「ゲームとは何たるか」を教えてくれた師匠たちでもある。

そんな縁があったので、ポケットモンスターの第1作「ポケットモンスター赤・緑」の開発過程を垣間見ることができた。とにかく丹念につくられていたのは、キャラクターたちである。周知の通り、ポケットモンスターはモンスターを収集するゲームである。そのモンスターが魅力的でなければ、ゲームの土台が崩れてしまう。

何かの動物をモチーフにして、意匠を凝らした線を引くとキャラクターができる…というのは大いなる誤解である。外から見える形ではなく“内側”が大事なのだ。まずは物語や生態系など、架空世界の森羅万象が創造される。その世界に、必然として存在する個性を生み出すことが「キャラクターづくり」なのである。ポケットモンスターに登場するキャラクターは、いわゆる「ゆるキャラ」の対極にある。見えない部分がガチガチに設定されている。そこに緩さは全くない。

こうした知的生産の最中に、よく比喩に使われたのはギリシャ神話だった。ギリシャ神話に登場する神々や生き物たちは、設定が緻密であるがゆえ人の心に刻まれて数千年間も語り継がれてきた。ポケットモンスターのキャラクターはギリシャ神話のような不滅を理想としていた。

また、ギリシャ神話にはキマイラやペガサスのように合成獣・合成動物が多数登場する。異なる生命が結合した姿は、人の関心を強く引きつける。生命の結合というある種のタブーを犯して異形をつくる。それを昇華・変換して、子供にも愛される洗練されたキャラクターをつくり上げる。これも彼らが得意とするキャラクター開発技法だった。この痕跡は、例えば、雷とネズミを掛け合わせた、ピカチュウに残っている。

米国では行政を巻き込む大々的プロモーション

「ポケットモンスター赤・緑」は1996年に任天堂からゲームボーイ用のソフトとして発売された。つまり、わずか5センチ四方の白黒液晶画面に表示するゲームだった。にもかかわらず、「永続性を目指すとは野心的」と言われそうだが、開発者たちはあるべきゲームキャラクターのつくり方を徹底したにすぎない。

このようにストイックに開発されたゲームは、良作であっても商業的に成功しないことがままある。「隠れた名作」などという称号がのちに与えられたりする。だが、ポケットモンスターは違った。石原恒和(つねかず)プロデューサーの手腕と任天堂の資金力により、のちにユニークで大掛かりなプロモーションが仕掛けられたからだ。

1998年、米国カンザス州のトピカ市(Topeka)が1日だけ市名をトピカチュウ(ToPikachu)に変更したことがあった。米国版ポケットモンスターのデビューは、行政を巻き込んだ派手なプロモーションを展開した。

日本の紅白歌合戦で小林幸子がポケモン映画のエンディングテーマ曲を歌ったこともある(1998年「風といっしょに」)。そして、20周年にあたる今年、米NFL(ナショナル・フットボールリーグ)の王座決定戦「スーパーボウル」では30秒で500万ドルと言われるほどの高額な広告費を投じて、ポケモンのCMが放映された。職人気質とマスマーケティングが絶妙に噛み合っていたこと。これは「ポケモンGO」登場以前、そもそもポケットモンスターの人気の秘密と言えるだろう。

陣取りゲーム「Ingress」との画期的出会い

時は流れて現在。モバイルコンピューティングの全盛期を迎えた。そんな時代の産物として、Googleマップというすぐれたサービスが普及している。さらにこれを利用したナイアンティック社の陣取りゲーム、「Ingress(イングレス)」とポケットモンスターが出会って「ポケモンGO」は開発されることになった。

両者を結びつけたのは、ポケモンシリーズの販売実績とか、キャラクターの知名度、あるいはスマートフォン向けゲームの「Ingress」のアクティブユーザー数といった、定量的なメリットではない。クリエイター同士が意気投合したから、このプロジェクトは立ち上がった。

机上の計算ではシナジー効果があるとされても、得てしてうまくいかないのが共同開発である。Googleマップというインフラ系サービスとゲームコンテンツ。それぞれ大事にしているものが違う。たとえば、通信事業者とゲーム会社が提携するも、実らなかった例は枚挙にいとまがない。ましてや日米の企業は言葉も文化も違う。にもかかわらず「ポケモンGO」が成功したのは、クリエイターたちのビジョンだ。独創的だが奇抜ではない。原点を忠実に守りつつ、現在にマッチしている。直球勝負。そんな思いが共通していたからだろう。

位置情報に別の情報をかぶせた「メタ情報ゲーム」

「ポケモンGO」がリリースされて、世界で報道されたことの大半は人の移動に関することだった。「ポケモンGO」のプレイ中に強盗事件が起きた、交通事故が起きたなどの負のニュース。その一方で運動不足の解消につながる、自閉症が治った、被災地の復興に役立てようとしている、などの公益性を伝えるニュースが連日報道された。やはりゲームは室内で遊ぶものという先入観があるのだろうか。プレイヤーがスマートフォンを持って屋外に出ることに人々の関心が高かったことを示している。

実は、「ポケモンGO」のように位置情報を使ったゲームは、日本では2000年ごろ、“ガラケー”時代からあった。通信会社のネットワークには、携帯電話の“居場所”を基地局に信号で知らせる「位置登録」というシステムがある。このシステムを応用すれば位置情報ゲームは昔からつくれたのである。

GPSが普及してからはさらに位置情報ゲームはつくりやすくなった。このような経緯があるため、日本では位置情報ゲームはすでに100種類近くリリースされている。決して成功例が多くない位置情報ゲームだが、なぜ「ポケモンGO」は大成功を収めたのか? 数ある位置情報ゲームの一つと捉えるよりも、メタ情報ゲームと捉えると、将来の発展性を想像しやすい。

現在、GPSの普及により、地球上のあらゆる場所の経度緯度は、高精度なデジタルデータで表すことができる。その座標に「渋谷駅」「エッフェル塔」のような実在の地名をかぶせて表示すれば実用アプリになる。だが、そこにメタ情報(データについてのデータ)を重ねると、その土地は「ポケストップ」「ジム」のようにまったく別の意味を持つ。「ポケモンGO」は現実の情報に別の情報をかぶせたメタ情報ゲームでもある。位置情報に限らない。バーコード、画像データ、音声の波形など、あらゆるデジタルデータにメタ情報が重なることによって、新しいゲームの可能性は広がる。

スマホゲームで街に遊ぶか、バーチャル世界に遊ぶか

振り返ると「ポケモンGO」は時の運にも恵まれていた。他のゲームの流行に陰りが見えている時期での発売だった。

世界規模でゲーム市場を俯瞰(ふかん)すると、ここ数年売れているゲームは大きく言って2種類しかない。まずはゲーム専用機のゲームでいえばファースト・パーソン・シューター(一人称視点のガンシューティングゲーム/FPS)である。FPSは日本では不人気ジャンルだが、グローバル市場では圧倒的な人気を誇る。昨年、売れたゲームのベスト10のうち6タイトルはFPSだった。

もう一つはスマートフォンを使ったカジュアルゲームである。色合わせのパズルゲーム、あるいは簡単な操作のアクションゲームを基本プレイ無料で大量に拡散させる。ゲームを有利に進めるための追加課金でもうける。

合理性からつくられたFPSとカジュアルゲームが2大勢力として幅を利かせていたのだが、昨年あたりから陰りを見せてきた。市場は頭打ちになったのだ。そこに新風を吹かせたのが「ポケモンGO」だ。家庭用モニターであれ、スマートフォンのモニターであれ、画面内の出来事だけで完結する遊びは限界に達しつつある。そんな傾向の反動として「ポケモンGO」はヒットした。市場は敏感だ。画面内だけでゲームは進まない。画面内と画面外(実生活)をかけ合わせる遊びは今後増えるだろう。

今夏は「ポケモンGO」フィーバーが続きそうだが、秋からはPlayStation VRに注目したい。スマホ画面を持って街に出るのが「ポケモンGO」。対してヘッドマウントディスプレイを用いて画面を目の前に固定させるのがPlayStation VR だ。世間ではライバルとされる任天堂とソニー。2社が目指すところは正反対だ。だが、今までの四角い画面を見て遊ぶだけのゲームから、一歩踏み出すという点では共通している。

現在のVR(バーチャルリアリティ=Virtual Reality)ゲーム は、今までどこかで見かけた立体視ゲームではない。認知心理学の世界では「目は網膜に信号を送るレンズにすぎない。人間は脳でモノを見る」という理論がある。PlayStation VRは脳が「現実」「本物」と判別するほどのクオリティに達している。体験してみるとその刺激が体内に残る感じがする。

スマートフォンを持って街に出る「ポケモンGO」。ヘッドマウントディスプレイを用いて画面を目の前に固定させるのがPlayStation VR 。製品のカタチは正反対だが、ゲームは変わろうとしている。2016年は、ゲーム産業の歴史の中で大きな節目の年になりそうだ。

(2016年8月15日 記)

バナー写真=2016年7月22日、東京・JR渋谷駅のスクランブル交差点で同日日本でリリースされた「ポケモンGO」を楽しむ人々(時事)
▼あわせて読みたい
「日本的ゲーム」のアイデンティティ生かした海外市場戦略を 日本発スマホゲームで始まった新たなゲーム黄金時代

ゲーム キャラクター ポケモン