
「ポケモンGO」世界的熱狂の原点と節目を迎えるゲーム市場
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この夏、いったい何百億個のモンスターボールが仮想空間に投げられたのだろうか。世界の人々がプレイした「ポケモンGO」。不幸な事件と心温まるエピソード、数々の報道。および評論・分析記事もまた大量に世界で公開されたが、まだあまり語られていない事柄についてここでは書いてみたい。
ギリシャ神話のように緻密なキャラクター設定
私は1980年代後半から90年代前半にかけてポケットモンスターの原作・開発をしたゲームフリークの面々とよく仕事をした。私が出版社の編集者時代、書き手として執筆してもらっていた。私よりも年下だが、「ゲームとは何たるか」を教えてくれた師匠たちでもある。
そんな縁があったので、ポケットモンスターの第1作「ポケットモンスター赤・緑」の開発過程を垣間見ることができた。とにかく丹念につくられていたのは、キャラクターたちである。周知の通り、ポケットモンスターはモンスターを収集するゲームである。そのモンスターが魅力的でなければ、ゲームの土台が崩れてしまう。
何かの動物をモチーフにして、意匠を凝らした線を引くとキャラクターができる…というのは大いなる誤解である。外から見える形ではなく“内側”が大事なのだ。まずは物語や生態系など、架空世界の森羅万象が創造される。その世界に、必然として存在する個性を生み出すことが「キャラクターづくり」なのである。ポケットモンスターに登場するキャラクターは、いわゆる「ゆるキャラ」の対極にある。見えない部分がガチガチに設定されている。そこに緩さは全くない。
こうした知的生産の最中に、よく比喩に使われたのはギリシャ神話だった。ギリシャ神話に登場する神々や生き物たちは、設定が緻密であるがゆえ人の心に刻まれて数千年間も語り継がれてきた。ポケットモンスターのキャラクターはギリシャ神話のような不滅を理想としていた。
また、ギリシャ神話にはキマイラやペガサスのように合成獣・合成動物が多数登場する。異なる生命が結合した姿は、人の関心を強く引きつける。生命の結合というある種のタブーを犯して異形をつくる。それを昇華・変換して、子供にも愛される洗練されたキャラクターをつくり上げる。これも彼らが得意とするキャラクター開発技法だった。この痕跡は、例えば、雷とネズミを掛け合わせた、ピカチュウに残っている。
米国では行政を巻き込む大々的プロモーション
「ポケットモンスター赤・緑」は1996年に任天堂からゲームボーイ用のソフトとして発売された。つまり、わずか5センチ四方の白黒液晶画面に表示するゲームだった。にもかかわらず、「永続性を目指すとは野心的」と言われそうだが、開発者たちはあるべきゲームキャラクターのつくり方を徹底したにすぎない。
このようにストイックに開発されたゲームは、良作であっても商業的に成功しないことがままある。「隠れた名作」などという称号がのちに与えられたりする。だが、ポケットモンスターは違った。石原恒和(つねかず)プロデューサーの手腕と任天堂の資金力により、のちにユニークで大掛かりなプロモーションが仕掛けられたからだ。
1998年、米国カンザス州のトピカ市(Topeka)が1日だけ市名をトピカチュウ(ToPikachu)に変更したことがあった。米国版ポケットモンスターのデビューは、行政を巻き込んだ派手なプロモーションを展開した。
日本の紅白歌合戦で小林幸子がポケモン映画のエンディングテーマ曲を歌ったこともある(1998年「風といっしょに」)。そして、20周年にあたる今年、米NFL(ナショナル・フットボールリーグ)の王座決定戦「スーパーボウル」では30秒で500万ドルと言われるほどの高額な広告費を投じて、ポケモンのCMが放映された。職人気質とマスマーケティングが絶妙に噛み合っていたこと。これは「ポケモンGO」登場以前、そもそもポケットモンスターの人気の秘密と言えるだろう。
陣取りゲーム「Ingress」との画期的出会い
時は流れて現在。モバイルコンピューティングの全盛期を迎えた。そんな時代の産物として、Googleマップというすぐれたサービスが普及している。さらにこれを利用したナイアンティック社の陣取りゲーム、「Ingress(イングレス)」とポケットモンスターが出会って「ポケモンGO」は開発されることになった。
両者を結びつけたのは、ポケモンシリーズの販売実績とか、キャラクターの知名度、あるいはスマートフォン向けゲームの「Ingress」のアクティブユーザー数といった、定量的なメリットではない。クリエイター同士が意気投合したから、このプロジェクトは立ち上がった。
机上の計算ではシナジー効果があるとされても、得てしてうまくいかないのが共同開発である。Googleマップというインフラ系サービスとゲームコンテンツ。それぞれ大事にしているものが違う。たとえば、通信事業者とゲーム会社が提携するも、実らなかった例は枚挙にいとまがない。ましてや日米の企業は言葉も文化も違う。にもかかわらず「ポケモンGO」が成功したのは、クリエイターたちのビジョンだ。独創的だが奇抜ではない。原点を忠実に守りつつ、現在にマッチしている。直球勝負。そんな思いが共通していたからだろう。