セレクトセール2016—世界各国の競馬人が大集合

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世界のサラブレッド生産界の耳目が日本の「セレクトセール」に集まった。英国のEU離脱が競走馬の取引にも影を落とすのではと心配されたからだ。北海道のノーザンホースパークで7月11、12の両日に行われた競りでは、全ての関係者の予想を裏切る盛況となった。1億円を超す値で落札された高額馬は昨年を8頭上回る23頭となった。なぜ日本のサラブレッド生産界が、欧米豪それに中国、香港の有力馬主をひき付けているのか、現地から報告する。

日本の競馬は近年、年を追うごとに国際的な存在感を増している。世界各国の競走馬を格付けする「ワールド・サラブレッドランキング」で、2014年の1位は日本産馬ジャスタウェイ(7歳、現種牡馬)であり、今年も上半期を終えた段階でエイシンヒカリ(5歳)が首位に立っている。

ジャスタウェイは14年にアラブ首長国連邦・ドバイで、エイシンヒカリは今年5月に仏シャンティーで、それぞれGⅠと呼ばれる最高格付けのレースを圧勝したことが評価された。こうした海外での日本馬の活躍は当然、海外の競馬関係者も認識しており、日本の競走馬の中でも良質な部分に対する関心は非常に高い。

海外の関係者の関心度を直接、確認できる場が、毎年7月に北海道苫小牧市のノーザンホースパークで開催される競走馬の競り市場、「セレクトセール」(日本競走馬協会主催)である。1998年に創設されたセレクトセールは、当時、日本の競馬界を席巻していた種牡馬サンデーサイレンスの子が多数、上場されたことで、日本の競走馬流通の在り方に革命的な変化をもたらした。

その後は、日本馬の競争力向上とも相まって、市場自体の規模も拡大の一途をたどり、今や国内外の競馬人が一堂に会する社交の場に成長した。

150億円に迫る売却総額

創設19年目の今年は、7月11、12の両日に開催。初日は1歳馬 247頭が、2日目は生後6カ月以内の当歳馬 232頭が上場された。現在の開催スタイルは、リーマンショックの余波がなお残っていた10年に導入された。その年は2日間の売却総額が65億円(税抜き、以下同)をわずかに下回る水準だった。

ここから年々、売り上げを伸ばして13年に 117億6470万円と創設以来最高を記録。昨年は 131億7350万円となり、10年の水準の倍を超えた。今年は6月に英国の欧州連合(EU)離脱を巡る国民投票で離脱派が勝ち、世界の金融市場に大きな波紋が広がった直後の開催。円高・株安の流れが、競走馬購買層である富裕層に影響を与えることを、施行側も懸念していた。ところが、フタを開ければ、想像以上の大相場が、2日間にわたって展開された。

売却総額は 149億4210万円と前年を13.4%も上回り、 150億円の大台に肉薄。売却率は81.4%(1歳87.9%、当歳74.6%)と、前年をやや下回ったが、平均落札価格は約3831万円(1歳3747万円、当歳3937万円)と前年を約 488万円上回った。1億円以上で落札された高額馬も23頭(1歳14頭、当歳9頭)と、前年を8頭も上回る過去最高を記録した。

最高落札額は2億8000万円

相場をけん引したのは、種牡馬ディープインパクト(14歳)の産駒(さんく)だった。ディープインパクトは日本の競馬が産んだ最高の競走馬と評価されており、04〜06年に国内外でGⅠ7勝を含む14戦12勝。種牡馬転向後も既に産駒がGⅠを国内で31勝、海外で5勝している。前記のエイシンヒカリもディープインパクト産駒で、香港C、イスパーン賞(仏)と日本産馬では史上2頭目の海外GⅠ2勝を達成した。

今回は1歳20頭、当歳15頭の計35頭が上場され、当歳の2頭を除く33頭が売却。総額は41億6400万円に上り、1億円以上の値がついたのも16頭を数えた。実はディープインパクト自身、02年のセレクトセールにおいて7000万円で図研社長の金子真人氏が購入した馬であり、前年の01年に金子氏が購入して後に日本ダービーなどを制したキングカメハメハ(7800万円)とともに、市場自体の評価を押し上げた馬だ。

今回、最高額で取引されたのは当歳の「マルペンサの2016」(牡)と「イルーシヴウェーヴの2016」(牡)。ともに価格は2億8000万円で、里見治氏が落札した。セガサミーホールディングス会長の里見氏は馬主歴も20年を超えるが、今年の日本ダービーではサトノダイヤモンドが優勝したマカヒキと推定8センチの僅差で惜敗。マルペンサの2016はサトノダイヤモンドの弟に当たり、価格は3年前の兄の価格(2億3000万円)を上回った。

最高値2億8000万円で落札された「マルペンサの2016」。父はディープインパクト、兄はサトノダイヤモンドという優駿だ。落札者は、セガサミーホールディングス会長の里見治氏

海外勢は1歳馬16頭を購入

ディープインパクト自身は海外では、06年の凱旋門賞で3位入線後に薬物検出により失格となった1戦があるだけで、勝ち星はなかった。ただ、その後も日本産馬は仏GⅠ、凱旋門賞で2着3回を数える。海外GⅠ勝利は今世紀に入って22勝。こうした実績を評価して、近年は海外の購買者もセレクトセールに強い関心を示す。

14年にはカタールの王族アルサーニ家の代理人がディープインパクト産駒2頭を2億6000万円、1億8000万円で購買したのが代表的な例と言える。今回は海外勢が1歳16頭、当歳2頭の計18頭を購入。カナダのダイヤモンド鉱山王として知られるチャールズ・フィプケ氏は、初日の1歳部門で「トップライナーⅡの2015」(父ディープインパクト)を1億2500万円で落札するなど、2頭を購入した。

フィプケ氏は母国カナダのほか、豪州でも馬主活動をしている。日本での馬主登録も考慮しており、購買馬がどこで走るかは未定という。このほか、中国で炭鉱業を幅広く営む張一達氏は既に中央競馬の馬主登録があり、今回は2頭を購入。また、香港からは3名義で5頭、豪州からは4名義で5頭をそれぞれ購入した。香港勢が購入した5頭中2頭は、12、13年の香港スプリント(GⅠ)を連覇したロードカナロアの産駒。海外での競走実績が購買につながった好例である。

アイルランドやオーストラリアから競りに参加したホースマンたち。

このほか、セレクトセールでは初めて韓国のキム・ドウク氏も2頭を購入した。1頭は国内のダート(砂)路線で活躍したスマートファルコン産駒の牡馬で価格は1800万円。韓国では現在でも国内生産保護策として輸入競走馬のうち牡馬の価格を上限5万ドルと設定しているが、韓国馬事会(KRA)が6月末に撤廃の方針を打ち出し、関係団体との協議を進めている。今回の購買もこうした措置を受けたものと見られる。

実は今回、海外勢で最も注目されたのは、欧州を代表する大馬主であるクールモア・グループの参戦だった。今世紀初頭に一時、購買の動きを見せた後は、視察に訪れるだけの状態が続いていたが、今回は購買担当者が来日。下見の段階から当歳の高額馬を入念にチェックしていたという。ところが、実際には購買馬なしで終わった。前記の里見氏が2億8000万円で落札した「イルーシヴウェーヴの2016」の競りで負けるなど、国内購買者の旺盛な買い意欲の前に押された形。ただ、クールモアは来年以降も参加の意向を示しており、資金力から今後の動向が注目される。

世界で走り、日本の牧場に戻る

前記の通り、今回は23頭が1億円以上の高額で落札された。高額馬の中には、冒頭で紹介したジャスタウェイ(この馬も10年のセレクトセール1歳部門で1200万円で購買された)の子や、12、13年の凱旋門賞で連続2着に入ったオルフェーヴルの産駒2頭、さらには06年にドバイでGⅠを勝ち、伝統の英GⅠ「キングジョージ」で3着と健闘したハーツクライの産駒2頭がいた。このように、海外の大舞台で活躍した馬が北海道の生産地に戻り、種牡馬として生産界に新たな活力を吹き込むサイクルは、すっかり定着したと言える。

競りを主催した日本競走馬協会の吉田照哉会長代行は、今回の好業績について「外国で勝っている、世界に通用する馬がいるという事実が、雰囲気を盛り上げた」と振り返った。また、06年から国外在住の外国人にも馬主登録を解禁するなど、対外開放が進んでいることへの認識が広がっていることも、外国勢参戦の要因だと指摘した。

セレクトセールの落札価格は世界の馬の価格を左右する。そのため世界各国からターフジャーナリストがやって来る。

折しも、昨年の競馬法改正で海外主要レースの馬券発売が解禁され、今年10月の凱旋門賞が発売第1号となる。一般の競馬ファンが従来以上に海外の競馬への関心を持つ契機となることは間違いない。国内の競馬は東日本大震災のあった11年を底に売り上げが着実に回復しており、今年も上半期終了時点で中央競馬は前年比 4.2%増を記録している。

経済情勢が好転したとは言い難い状況で売り上げが堅調に推移しているのは、国内の競馬の質的向上、競争力強化が一般ファンにも評価された面もあろう。こうした競馬界全体の好循環が、セレクトセールの活況を支えている大きな要因であると言えるだろう。

取材・文=ニッポンドットコム編集部
写真提供=日本競走馬協会

バナー写真:2016年7月11日、セレクトセールにおいて2億6000万円で落札された「オーサムフェザーの2015」

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