円高進み、アベノミクス相場が逆回転
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市場の“衝撃”は一服、金融システムは健全保つ
——「EU離脱」という国民投票の結果をどう受け止めたか。
投票前はもちろん「残留」と思っていた。結果を見ると、「歴史のあや」が皮肉にも働いたのかと感じる。ロンドンが豪雨で残留派の若者が多い地域の投票率が下がってしまった。またEU残留派の労働党女性議員、ジョー・コックス氏が銃撃されて死亡し、直前に残留優位の世論調査結果が出たことで、投票に行かなかった人が多く出たのではないかと思う。
——“Brexsit”の衝撃で市場は激しく動いた。
結果判明直後はもちろんリスクオフに動いたが、現在は一度元に戻って「様子見」に入った。これはリーズナブルな動きと見ていい。
株の場合、世界のベンチマークである米ニューヨーク市場が年初来高値を更新した。英国の話は「棚上げ」にして、米雇用統計の好調を材料に買われた。それ以前も、いったんは国民投票前の水準に戻している。
現在の金融市場は「カネ余り」の状況にある。金融緩和が強烈に進められていて、終わるめどが全く立たない。世界中が低成長、低インフレ、低金利。行き場がなくて、株価が下がらない状態にある。
ロンドンの不動産マーケットが揺れるのは、国民投票の結果が直接影響する分野であることからして当たり前。だが、これがグローバルな金融システムの変調につながるとは現時点では全く思われていない。リーマンショックの教訓を受け、金繰りについては各国の中央銀行がしっかりモニタリングしている。
英、欧州経済に打撃。先行き不透明感がマインド冷やす
——中長期的に見て、英経済、欧州経済の先行きについては。
英国には2つのファクターがある。1つはポンド下落の影響。国内経済全体に占める比重が低いとはいえ、輸出が刺激されるので外需は上向く。一方、物価は上昇して個人消費は停滞する。2つ目はマインドの悪化。消費や建設需要、設備投資などに影響が出始めている。差し引きすると、やはり経済にはマイナスの影響が出始めている。
英国の場合、物価が上昇してくるので対策としての金融緩和は実施が難しくなる。イングランド銀行が、例えば利下げと量的緩和の再開といった政策が取れるのかは疑問だ。おそらく小幅な利下げをして様子を見るとか、中途半端な金融緩和にとどまるのではと私は見ている。
欧州統合の流れに逆行する英国民投票の結果は、欧州全体にとっても当面の間、景気悪化要因になり得る。しかし、数年後の状況を見通す方向感はまだ見えない。
英経済、欧州経済双方にとって(英国のEU離脱が)悪影響を及ぼすことだけははっきりしている。このため、今後の(離脱)交渉でEUが英国に一定程度妥協することも当然ありうるだろう。ギリシャ危機の時もそうだが、欧州は問題に直面した際、たびたび妥協を通じて解決を図ってきた。今回も、ハードランディングな結末を迎えることにはならないと思っている。
——Brexitが日本経済に与える影響は?英国に拠点を置く日本企業は、欧州戦略の再構築を迫られる状況なのか。
日本については、やはり円高を通じた悪影響ということになる。円高になることで、これまでのアベノミクス相場の逆回転(株安)がさらに進んでいる。欧州通貨に対して円高が大きく進んでしまっているので、米国株が戻っても円ドルの為替相場が円安に振れない状況だ。
日本企業の行動だが、(離脱後の姿について)「何がどう変わるか」決まっていない状況では、「この1年でこうしよう」とは決められない。金融機関の中に、例えば大陸欧州の拠点を少し拡充して(英国から)人をつけようなどという話があると報道されているが、不透明な状況が続く中で投資の振り向け方を変えるというのは経営判断としては相当に度胸がいる。
もちろん「英国への直接投資を控える」という選択は最低限のラインとしてあるだろうが、その後の企業の対応は千差万別ではないか。「様子見」に加えて「今後のシナリオを考える」というのが行動の基本になる。
——日本の政策対応で、注文をつけたい点は。
人口対策に手を打たないといけない。先日、2015年国勢調査の抽出速報値が出て、国勢調査ベースで初めて人口が減少したという結果が出たが、全く論議が盛り上がらない。参院選でもアベノミクスが「成功した」「失敗した」という空中戦が行われている。
出産適齢期の女性の母数が足りないので、少子化対策だけではもう間に合わない。外国人労働者、移民という言葉を嫌わずに、戦略的に受け入れないと日本経済は今まで以上に沈んでいく。生産年齢人口のピークは1995年で、そこからもう1000万人以上減っている。8700万から7600万人だ。その流れを止めようという本格的な政策のパッケージが見えない。
日本の消費市場が縮小し、住宅市場が沈滞し、設備投資も出にくい。社会保障の財政バランスも悪い。国民負担増を嫌ってカネや人が外国に逃げてしまう。こうした現象の根源にあるのが人口動態の問題だ。安倍首相もこの問題に目は付けているが、対策は結局インバウンド観光と女性・高齢者の活用までで終わっている。
EU残留に近い形での新たな協定に期待
——英国以外でも、「EU離脱」の動きが活発化する可能性が指摘されている。
イタリアが最も懸念される状況。「五つ星運動」(Five Star Movement)は極右ではない反EU政党だが、現在の支持率が30%を超え、レンツィ首相の民主党を上回っている。10月に憲法改正案を巡る国民投票が実施されるが、否決されれば首相は辞任すると表明している。「五つ星運動」が政権を取れば、イタリアでもEU離脱の是非を問う国民投票が実施されることになる。非常に危うい状況で、これが今後の先行きを占う大きな政治の節目となる。
——今後の EUと英国の通商関係の着地点は、どのような姿になると見るか。
「労働力の移動」については、EUは英国に譲歩しないのではないか。労働力が移動していかないと、経済統合というものはメリットがなかなか出にくい。EU離脱派が政権を握っていれば、英国はEUとカナダが結んでいる自由貿易協定(FTA)のようなものを指向していくのかもしれない。しかしFTAは時間もかかるし妥協点を見出すのも難しいので、残留派主導の政権ならFTAを前面に掲げることはないと思う。
今後いずれかの時点で英国内の世論が「EUに残りたい」という方向に傾いてくれば、限りなくEU残留に近い形の協定が結ばれることになるのではないか。ノルウェー型とかスイス型とは違う、より妥協的な新しい形の協定だ。
離脱交渉は2年超える長期戦も
——今後英国で再度国民投票を行う可能性、いったんEUを離脱するにしても再加盟する可能性については。
再投票はメイ英内相(編集部注:13日に首相就任)やドイツのメルケル首相も否定しており、近い将来に起きることではない。ただ離脱表明後の2年間の交渉期間では英国とEUの協議は条件が折り合わず、3年、4年と続いた後に行き詰まると予想できる。次の英議会選挙が行われても、再び残留派から首相が選ばれるというシナリオは十分描ける。
スコットランドの動きもある。自治政府トップが、(連合王国からスコットランドが離脱する)再度の国民投票をしたいと表明しているが、実施されれば今度は独立派が勝つ可能性が高い。こうした状況では英国の分裂回避を理由に内閣が方針を変え、今回の国民投票の結果を無視してでもEU残留の方向を打ち出したり、EUに“わびを入れて”労働力の移動を受け入れる協定を結んだりする選択肢も考えられる。
現在、英国はまだEUのメンバーであり、今後の交渉過程でまだまだ紆余曲折はあるだろう。今回でEUと英国の『絆』がばっさりと切られ、双方が長期間苦しむということでは必ずしもないのではないかと予想している。
——離脱交渉は2年間。タイムリミットがあると思うが。
EU加盟国が一致できれば、交渉期限の延長も可能だ。自由貿易協定(FTA)のような形を模索するのなら5年から10年はかかるという声もあり、交渉期間は2年だと決めてかからない方がいい。
(2016年7月10日、都内でインタビュー)
聞き手=谷 定文(一般財団法人ニッポンドットコム常務理事)
バナー写真=ユーロとポンドの円相場を示す電光ボード=2016年6月28日、東京都中央区(時事)