オバマ米大統領の広島訪問を

政治・外交

オバマ米大統領の被爆地・広島訪問への期待が高まっている。広島市民の願いを込めて米国に要請活動を行ってきた三山秀昭氏に、訪問の歴史的意義などについて聞いた。

三山 秀昭 MIYAMA Hideaki

ジャーナリスト、広島テレビ放送社長。1946年富山県生まれ。早稲田大学卒。読売新聞ワシントン支局長、政治部長などを歴任。2011年6月より現職。

ホワイトハウスで高官に訪問要請

「1945年の8月6日、ヒロシマで果たして何が起きたのか。私自身にとっても生涯を通じて消し去ることができない記憶となった」——。主要7カ国(G7)外相会合に出席するため4月10日と11日の両日、広島を初めて訪れたアメリカのケリー国務長官は、自らの思いをこう語った。

爆心地に近い平和記念公園内の資料館を訪れた後、原爆死没者慰霊碑に献花をし、自ら希望して予定になかった原爆ドームに足を運んだのだった。ケリー氏はこの後、記者会見に臨んで原爆の犠牲者に対する心の内を吐露してみせた。ワシントンに帰ってヒロシマでの経験した数々のことをオバマ大統領に報告したいと述べ、ヒロシマを訪れることがいかに意義あるものかを直接伝えるつもりだと語った。

広島在住のジャーナリスト、三山秀昭氏は、2015年9月に米ホワイトハウスを訪れ、国家安全保障会議(NSC)東アジア担当の高官に、オバマ大統領のヒロシマ訪問を望む市民の手紙を手渡している。三山氏が社長を務める広島テレビが企画した「オバマへの手紙」という企画に応じて集まった1400通の書簡に、この高官も心動かされた様子だった。

それを裏づけるように、5月26日から開催される伊勢志摩サミットの会場、広島、そして岩国の米軍基地の地理関係まで詳しく尋ねたという。だが、この時点でオバマ大統領の広島訪問に脈ありと受け取った関係者はほとんどいなかった。アメリカ国内の世論を考えれば、謝罪問題が障害となって実現は難しいとする見方が外務省を含めて支配的だった。

「オバマ大統領が実際ここヒロシマを訪れるまでは、私の働きかけを含めたインサイドストーリーは、日本のメディアにはお話をしないことにしてきました。しかし、ニッポンドットコムは、多言語メディアとしてアメリカ、イギリス、フランスそれに中国やロシアなど核兵器の保有国にも読者がいると伺い、今回のケリー国務長官の広島訪問についてお話してみようという気になりました」

原爆死没者慰霊碑への献花を終え、記念写真に納まる各国の外相。左から欧州連合(EU)のモゲリーニ外交安全保障上級代表、カナダのディオン外相、英国のハモンド外相、米国のケリー国務長官、日本の岸田文雄外相、ドイツのシュタインマイヤー外相、イタリアのジェンティローニ外相、フランスのエロー外相=2016年4月11日、広島市中区の平和記念公園[代表撮影](時事)

大統領に「謝罪の旅は求めていない」

三山氏は、今回のG7外相会合は伊勢志摩で開かれる首脳会合に向け、外交・安全保障の基調を決める重要なものになっただけでなく、オバマ大統領の歴史的なヒロシマ訪問に道を開いたという点で意義あるものだったと次のように述べた。

「広島、長崎に原子爆弾を投下したアメリカの現職大統領が被爆地を訪れる——これは戦後71年の間、広島そして長崎にとっては、何としても実現したいものでした。しかし、アメリカ政府は一貫して、原爆の投下は、戦いを一日も早く終わらせて、何百万という若者の犠牲を出さないために必要だったと説明してきました。しかし、いまやアメリカでも、若い人々を中心に世論に微妙な変化が兆しています。政権の発足にあたって、プラハで核の廃絶を訴えたオバマ大統領が、8年間を締めくくる意味で、この地を訪れて歴史的なヒロシマ・スピーチを行う機は熟しつつあると私は見ていました」

しかしその一方で、米国内では第二次世界大戦を戦った退役軍人の組織を中心に、大統領が広島、長崎を訪れて「謝罪」をすることに根強い反対論があった。

「ホワイトハウスで東アジア担当の高官にもお話ししたのですが、われわれはオバマ大統領に謝罪の旅を求めているのではありません。被爆者団体の代表ですらそう言っています。プラハで『核なき世界』を訴えたオバマ大統領に、新たな核軍縮に向けたメッセージを発してほしいのです。ケリー国務長官に大きな影響力を持つテレーザ・ハインツ・ケリー夫人にも、手紙でその旨を伝えました」

「ケリー国務長官は原爆資料館の展示の前からしばし動こうとはしなかったそうです。その直後に慰霊碑に心から哀悼の意を表してくださった。『加害者が被害者に慰霊の気持ちを表してくれた。そのことに心動かされた』と被爆者の一人はテレビカメラの前で語っていました。ケリー国務長官の後ろ姿は、その意のあるところを余すところなく語っていたと思います」

核廃絶の機運取り戻すチャンス

三山氏は、日本のメディアが米国の国務長官が「謝罪をしたか、否か」と言葉尻を捉えて論じることに異を唱えている。米国内の世論の変化を見極めつつ、若い世代を粘り強く核の廃絶に取り込んでいこうとするケリー国務長官の姿勢を多角的に報道すべきだというのである。米政府に対する遠慮や、米国がいま大統領選挙のまっただ中であることへの配慮からではない。オバマ大統領が伊勢志摩サミットを機にヒロシマ・スピーチを行い、核の廃絶に向けた機運を再び取り戻す絶好の機会が訪れつつあるからだ。

「今回の広島宣言で、原爆投下を『極めて甚大な壊滅と非人間的な苦難』と外務省の仮訳では表現しています。日本の新聞に『非人間的な苦難』のくだりが誤訳ではないかとする記事が載りました。直訳すれば『人間的な苦難』」となりますが、全体の文脈から考えて、『人としての苦しみという結末を味わった』という意味でしょう。アメリカの意向に配慮して超訳したという批判は当たらないと思う。もしそうなら、この宣言を『我々は、核兵器は二度と使われてはならないという広島及び長崎の人々の心からの強い願いを共にしている』と締めくくることはなかったはずです」

これまで日本国内では「オバマ大統領は広島に来るのか」といった観測だけが支配的だった。三山秀昭というヒロシマ在住のジャーナリストの行動は、「オバマ大統領にヒロシマ・スピーチを」と声をあげることで、受け身の日米関係に新たな一石を投じた。

取材・文:nippon.com 編集部

バナー写真:原爆死没者慰霊碑に献花する各国の外相。左からドイツのシュタインマイヤー外相、日本の岸田文雄外相、米国のケリー国務長官、英国のハモンド外相、カナダのディオン外相、欧州連合(EU)のモゲリーニ外交安全保障上級代表=2016年4月11日午前、広島市中区の平和記念公園[代表撮影](時事)

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