南シナ海の平和と安全を守るために
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「航行の自由」作戦の背景
米国オバマ政権は半年以上にわたり南シナ海における中国の人工島造成に関する対応で議論を重ね、2015年10月27日に中国が「領海」と主張する南シナ海の海域で「航行の自由 (FONOP) 」作戦を実施した。中国に占拠されたスビ礁では、浚渫(しゅんせつ)工事が進行しており、今回はその沖合12カイリ(約22キロ)以内での実施だった。
米艦船の派遣は、何十年も米国が世界各地で展開してきたFONOP作戦の一環だ。実際、米国による南シナ海でのFONOP航行は、2011年以来7回目だ。メディアに情報を流さずに実施されていたなら、通常の定期的な作戦の実施に終わっただろう。
米国が「無害通航」を行ったことにより、中国のスビ礁周辺海域の領有権を認めたことになると非難した専門家もいた。スビ礁はもともと「低潮高地または暗礁」(高潮時には水没する土地)であり、国連海洋法条約(UNCLOS)では領土と認められないというのがその見解だが、これは同条約を正しく解釈していない。
スビ礁は中国が領有を主張している無人の岩(地名:Sandy Cay)
― UNCLOS13条にのっとれば領海を有する―の12カイリ内に位置するため、その領海基線となり得る。米政府の国際弁護士たちはスビ礁周辺には公海航行の自由が適用できない可能性を考慮し、米海軍に無害通航、つまり、12カイリ内を速やかに、軍事活動なしに通航することを助言した。
スプラトリー(南沙)諸島で中国が造成している人工島の中でも、最初にスビ礁の12カイリ海域でFONOP作戦を実施したのは、米国の慎重さの表れだ。ミスチーフ礁を選んでいたとしたら、ここは中国が領有権を主張する地勢の12カイリの外側にあるため、米国艦は無害通航ではなく、軍事行動を含む作戦を実施せざるを得なかっただろう。例えば、ヘリコプターを展開したり、射撃管制用レーダーを装備して航行し、情報収集活動を行うなどである。こうした活動はより挑発的だとみなされるからこそ、今後のFONOP作戦ではそちらの方がより効果が上がると判断されている。スビ礁でのFONOP作戦実施がさまざまな反応を呼んだことを踏まえ、ある米海軍関係者は、次のFONOPはミスチーフ礁で実施される可能性があることを示唆した。
アジア太平洋地域における米国「関与」の意思表明
スプラトリー諸島の岩礁や暗礁の多くの領有権は、法的なグレーゾーンだ。2016年には、UNCLOS の常設仲裁裁判所が、フィリピンの中国に対する申し立てに裁定を下すことで、ある程度明確になるかもしれない。当面は、米国は中国の人口島付近を航行する自由を行使し続けることになる。
FONOP作戦は、中国が人工島周辺の航行を制限しようとする動きは不法であり、米国は国際法の下で許容された海域で自由に航行や飛行、作戦実施などの活動を行うという意思表明だ。中国の南シナ海における領海の主張はあいまいであるにもかかわらず、中国軍は南シナ海での米軍哨戒機の飛行に対し、「軍事警戒ゾーン」に入っていると警告を発している。中国が埋め立てを続ける岩礁の12カイリの外側の上空を飛行していたにもかかわらずだ。国際法には「軍事警戒ゾーン」という概念はない。
2015年10月に南シナ海に派遣された米海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」は、スビ礁周辺ばかりではなく、スプラトリー諸島におけるベトナム、フィリピンの埋め立て区域(中国よりもずっと小規模だが)付近も航行した。FONOP作戦が中国だけをターゲットにしたわけではないというメッセージを込めている。
オバマ政権が、中国が造成した人工島付近でのFONOP作戦を開始したのは南シナ海における合法的な航行や飛行を制限しようとする中国の動きを阻むためでもあるが、米国が今後もアジア太平洋地域での安全保障のために行動を起こすという決意を地域関係諸国に示すための作戦の一環だ。
より多くのリスクを負うことで、米政府は中国の強硬な動きをけん制し、南シナ海で国際法に基づく行動規範を守ろうとしている。スプラトリー諸島でFONOP作戦を実行する以前は、米国は極めて慎重に中国との武力衝突の可能性を回避する「危機管理」に重きを置いていた。そのために、米国が南シナ海問題での緊張が高まることを恐れ、表立った対応はしないだろうという印象を与えていた。だが米国がFONOPの頻繁な実施やその他の作戦を実行に移す一方で、事故を防ぎ意思疎通を改善するための信頼醸成措置を継続することは可能だ。
「航行の自由」は“新たな常態”に
FONOP作戦だけでは中国は南シナ海での環礁埋め立ての進行を阻むことはできない。中国が、周辺国との領土問題を強引に自国に有利に運ぼうとするのではなく、外交による交渉に方針転換することを促すさまざまな方策が展開されている。
米国は11月中旬に中国の人工島周辺空域で2機のB52戦略爆撃機を飛行させた。ほぼ同時期に、米海軍と日本の海上自衛隊が南シナ海で初の合同訓練を実施した。
フィリピンの最高裁判所が米比防衛協力強化協定は憲法違反ではないという判断を下すなら、8つ以上のフィリピン軍基地に巡回ベースでの米軍駐留が可能になる。これらの基地のうち2つは領有権が争われるスプラトリー諸島付近に位置する。フィリピン基地に駐留できないとなると、依然として沖縄基地が南シナ海に最も近い米軍配備である。
米国は外交手段も重視している。11月22日にマレーシア・クアラルンプールで開かれた東アジア首脳会議で、オバマ大統領を始めとする多くの参加国首脳たちは、南シナ海での中国の活動に懸念を表明した。オバマ大統領は、マレーシアに先だって訪れたフィリピンで、フィリピン海軍最大のフリゲート艦「グレゴリオ・デル・ピラール」を視察した。この船は米沿岸警備艇(約2700トン)を改造し、2011年に供与されたものだ。オバマは、艦船は米比海軍の協力関係の象徴だと述べ、同盟国フィリピンと共に「この海域の安全保障に関与し、航行の自由を守る」ことを表明した。
スビ礁での米国のFONOP作戦に対する中国の反応は自制的だ。中国の軍艦がFONOP作戦で派遣されたミサイル駆逐艦「ラッセン」を追尾はしたが、その航行を妨げはしなかった。中国外務省報道官は、米国の行動を「中国の主権と安全への脅威」と呼び、「必要な場合は必要とされる全ての手段に訴える」と述べた。
しかし、中国当局は米国との軍事衝突は望んでいないため、今後も米国のFONOP航行を阻害することはなさそうだ。南シナ海での「航行の自由」は “新たな常態” (new normal)となるだろう。ある報道によれば、米国は「四半期(3カ月)に2回程度」の頻度で作戦を継続する計画だ。
各国が協力して中国へ粘り強く働きかけを
米国の南シナ海での中国の一方的な行動に対するけん制は、周辺諸国が対中抑止力の強化に進んで協力することで、大きな効果を生むはずだ。日本、オーストラリア、およびインドも、中国の人工島から12カイリ内における航行の自由作戦に参加することを検討してもいいのではないか。
そうすれば、米国だけではなく、南シナ海の領有権問題に直接関わっていない他の国々も、中国の一方的な埋め立て工事を懸念していると表明することになるだろう。同時に、南シナ海での航行の自由と安全保障を守りたいと願う米国および各国の外交官たちは、習近平が2015年9月の訪米時に約束した「南シナ海で軍事化の意図はない」という言葉を守るように圧力をかけるべきだ。
同海域の領有権をめぐる強硬路線は非常に高くつき、外交による解決を目指す方が中国の今後にとってより有益だということを中国当局に納得させる戦略は、一筋縄ではいかず時間がかかる。粘り強く、一貫した明確なメッセージを送り続けることが必要だ。米国とその同盟国、協力国は、それぞれの経済力、軍事力、さまざまな外交的圧力を通じて、現在の強硬路線を変えれば、周辺諸国との良好な関係を維持し、平和的に影響力を増大することができると中国に納得させる必要がある。
(2015年11月30日 記・原文英語/バナー写真=2015年5月、軍事演習中の米海軍のイージス駆逐艦「ラッセン」【提供:US Navy】)▼あわせて読みたい
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