「ネット右翼」の台頭と日本“右傾化” の真実

政治・外交 社会

古谷 経衡 【Profile】

最近の日本社会では、嫌韓・嫌中の「ネット右翼」が存在感を増し、ヘイトスピーチの広がりも懸念されている。「ネット右翼」とは実際どんな人たちで、今後さらに勢力を伸ばすのか。その実像に迫る。

ネット右翼に特徴的な「マトリックス史観」

大都市部に住む中産階級の人々がなぜネット空間に自閉した「嫌韓」や「反既成のマスメディア」の虜になるのか、という疑問に対する回答は、映画『マトリックス』(ウォシャウスキー姉弟監督・1999年)を想起すればわかりやすい。この映画はある大企業に務める中産階級のIT技術者ネオが、とあるきっかけで「真実の世界」に覚醒し、世界を支配するコンピューター知性体と戦うというSF映画だ。

「ネット右翼」は「(愛国や嫌韓に)覚醒した」という表現を多用する。つまり、巨大な権力体(既成のマスメディア)が、重要な真実を遮蔽(しゃへい)していて、ネット空間にのみ隠された真実が存在している、という『マトリックス』の世界観を忠実にトレースしている。

日本の公教育における歴史授業は、残念ながら満足のいくものではない。特に、近現代史の記述や情報量は希薄である。自国の近現代史の基礎教養を備えずとも、大学入学(=卒業)が可能な日本の受験制度の中にあっては、近現代史のリテラシーは充分に育まれない。

「ネット右翼」が重視する「嫌韓」や「アンチ東京裁判史観」は、実のところこのような「日本の公教育の欠陥」の隙を突いて、ネット上で量産された粗悪な言説から歴史観が培養される土台となっている。殊に先の大戦に関する教育は極めて希薄だ。日本の公教育は、歴史論争を避けるためにあえて先の大戦前後の時間軸を素通りしてきた。知的に怠惰なある種の中産階級が、「原爆投下」は知っていても、満州事変や北支分離工作、南方作戦、終戦直後のGHQの統治時代などに関してはほとんどゼロベースで無知である。ネット右翼が重視する右派の歴史認識とは、このように公教育から「欠損」した近現代の日本史の間隙を突いたものが殆どだ。

つまり、自国の近現代史に疎いある種の中産階級において、後年、自らの歴史教養の不備をネットの粗悪な陰謀論や排外主義で補強したことが、「ネット右翼」の持つ世界観の根底を形成している。これに接触することを、彼らは「覚醒」と呼び、まるで『マトリックス』のネオに重ねあわせている。

「保守」と「ネット右翼」の溶融

ではこの「ネット上の粗悪な言説」はどこから生まれるのかといえば、それは既存の「保守層」からの漏出である。02年の日韓W杯を始祖としてスタートした「ネット右翼」に対し、「保守」の歴史はずっと古く、高度成長黎明期に確立した全国紙の産経新聞、70年代からスタートした月間論壇誌『正論』の二者を有する貴族趣味(サロン)的な空間の中に自閉した存在であった(産経・正論路線)。

そこで展開されるのは、YP(ヤルタ=ポツダム)体制打破を訴える「反東京裁判史観」のイデオロギー的なもの(前述したような、ネット右翼が公教育で授かっていない近現代における極めて右派的な歴史観)であったが、ゼロ年代中盤(2004年)に、独立系の右派放送局「日本文化チャンネル桜」が、スカパーのみならず、ユーチューブやニコニコ動画といった、「ネット右翼」に極めて接触性の高い媒体に、自らの保守的言説を組織的に転写させ始めたことにそれは起因する。

冒頭で「ネット右翼」と「保守」が互換関係にある、といったのはこの事実を指す。つまり、戦後伝統的に紙媒体の中に自閉してきた「保守」の言説が、「日本文化チャンネル桜」によってブリッジされ、ネット空間に漏出したのだ。

しかし、その過程において紙媒体ではなく動画で紹介される保守的イデオロギーは時として陰謀論的に歪み、また元来、読書リテラシーを持たないある種の中産階級側の受け手の能力という問題もあり、「ネット右翼」を構成する理論的支柱は劣化し、その劣性を是正する暇もないまま、現在この二者は溶融して合体している。よってその歴史的経緯は違うが「ネット右翼」と「保守」はもはや一体化して、時として「嫌韓・中」や排外主義的傾向をむき出しにしている。

「ネット右翼」は衰退に向かう

このような「ネット右翼」は、第二次安倍晋三政権下にあって衰退の方向に向かっている。2014年11月から法務省がヘイトスピーチ撲滅啓発運動を開始し、同年12月には「行動する保守」と目される、「ネット右翼」の中でも最右翼の集団(在特会=在日特権を許さない市民の会)に対し、巨額の賠償命令が確定するなど、行政も裁判所も彼らに対し至極冷淡な態度をとり始めている。

国際的にヘイトスピーチが違法化、重罰化されるなかで、「積極的平和主義」を掲げる安倍政権にとって、日本の国威を傷つけかねない「ネット右翼」の跋扈(ばっこ)には、抑制の姿勢でもって望まざるを得ない状況が続いている。

そんな中、「ネット右翼」の政治的主張を唯一代弁していた「次世代の党」は、2015年10月に衆院での議席を完全に喪失(自民党に復党)し、参院のみの勢力となり実質的党勢は「解党」に近い状態になった。このような情勢を鑑みると、「ネット右翼」の趨勢は決して明るくはなく、ネット空間に自閉しない「常識的で温和な」日本の保守層が、彼らに替わる形で徐々に勃興すると推測されるのである。よって日本社会の「右傾化」(「ネット右翼」が伸長するという意味において)は、将来にわたって永い黄昏が続き、懸念のレベルには程遠いのである。

(2016年11月17日 記)

タイトル写真=大久保通りで在日外国人排外を叫ぶデモ参加者(2013年4月21日東京都新宿区/時事通信フォト)

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古谷 経衡FURUYA Tsunehira経歴・執筆一覧を見る

1982年札幌市生まれ。立命館大学文学部史学科卒業。インターネットとネット保守、マスコミ、若者論に関する評論執筆活動を展開。TOKYO FM「タイムライン」レギュラーパーソナリティ。主な著書に『ネット右翼の逆襲』(総和社、2013年)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト、2014年)、『ネット右翼の終わり─ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか 』(晶文社、2015年)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社、2015年)等。

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