粗雑かつ乱暴:憲法違反の参議院合区
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わずか4日で法案可決
2015年7月28日、公職選挙法の一部を改正する法律が衆議院で可決、成立した。それに先立ち法案が参議院に上程されたのが同月23日のことだから、土日を除けば正味4日、即席の仕上がりである。
ともあれ、この改正により、これまで都道府県単位とされていた参議院の選挙区のあり方が変わり、鳥取県と島根県、高知県と徳島県はそれぞれ隣り合わせで合区、すなわち2県を1つの選挙区とすることとされた。
言うまでもなく国会は国権の最高機関であり、参議院はその一院である。その構成員である参議院議員は単なる選挙区の代表ではなく、われわれ国民全体の代表である。その国民の代表の選び方を変えるというのに、ろくすっぽ審議もしないまま、そそくさと改正法を通してしまった。その扱いはいくらなんでも粗雑で乱暴にすぎる。
地方公聴会もなし、合区に多くの人が不安
国会法51条1項は、「重要な案件について、公聴会を開き、真に利害関係を有する者又は学識経験者等から意見を聴くことができる」とし、これまでも国政上重要な議案を決する際には、公聴会を開くのを慣わしとしてきた。国民の代表の選び方を変更するこのたびの法案審議にあたっても、国会での中央公聴会はもとより、関係県で地方公聴会を開いて住民の意見に耳を傾けるべきだったと思うが、そんなことは一切なされていない。
当然のことだが、合区される県では多くの人が不安を覚えている。地域から選出される議員が実質的にいなくなれば、自分たちの切実な声を届けようがなくなる。もう国政から見捨てられてしまうのではないか。こうした事情と懸念を知り合いの自民党国会議員にぶつけたところ、該当の県では党として意見を聴いたという。もとより強い不満が寄せられたが、丁寧に説明し、善後策の見通しをも示すことで概ね了解を得たから大丈夫なのだそうだ。
身内の「失業対策」にのみ熱心な自民党
しかし、彼らが「丁寧に説明」した相手は自民党所属の地方議員が中心であって、決して一般の有権者ではない。しかも、「善後策」なるものはもっぱら国会議員の処遇の話だったようだ。その詳細は明らかにされていないが、合区による定数減により否応なく「あぶれる」ことになる議員を、選挙区から比例区に回すなどしてうまく塩梅するのだという。なんのことはない、国会議員の「失業対策」である。それで現職議員の不満を抑えられるのかもしれないが、住民の不安を解消することとは縁遠い。
しかも、報道で伝えられるところによると、比例区に回すにあたっては、該当者が確実に当選できるための算段を講じることも検討するという。単に比例区の候補者名簿に登載するだけでは、確実に当選できる保証がないからだろう。
現行の参議院比例区は非拘束名簿式といって、候補者の名簿順位を政党があらかじめ決めることはできない。各候補者に寄せられた得票数に応じて順位付けがなされ、その上位者から当選人が決まる。この仕組みを変更し、例えば名簿の上位5名まではあらかじめ順位づけを可能にするなどの案が考えられるのだという。肝心の住民の不安はそっちのけにして、身内の「失業対策」にだけは余念のない政界の実態がわかりやすく伝わってくる。
今回法改正は、定見なき「その場しのぎ」
粗雑で乱暴な改正は、今後に重大な禍根を残すこととなった。その一つは、今後も続くであろう都道府県間の人口変動とそれへの対応策について定見を欠いていることである。このたびは合区対象が鳥取県と島根県、徳島県と高知県というように、たまたま隣接する「相棒」があったので、それぞれを簡単にくっつけることができた。では、いつの日か例えば佐賀県や山梨県が合区の対象になったとき、どうするのか。
まさか、これら二つの県を飛び地のままで一つの選挙区にするわけにもいかないだろう。当面は適当な「相棒」がいないからそのままにしておき、いずれ隣接する県が「合区落ち」するのをひたすら待つことにするのか。でも、それでは1票の格差が開いたままでらちが明かないから、佐賀県の場合なら福岡県か長崎県か隣接するどこかの県と是が非でも合区させるのか。
このように隣接する県が複数ある場合、合区先はどのようなルールで決めるのか。こんなことがなにも決められていないので、そうした事態が生じた時の見通しも何も立たない。そうなったらそうなったで、その時に場当たり的に決めればいいということなのだろうか。
実は、今回の合区に当たっても、隣り合わせで互いに「合区落ち」した2県を単純に合わせるのではなく、異なるやり方もあったはずだ。例えば、鳥取県と岡山県、島根県と広島県をそれぞれ合区する案だって考えられる。1票の格差のことだけを念頭においた解決策としてなら、それも十分成り立ち得る。国会はこうした代替案も含めて該当県の住民から意見を聴くべきで、せめてそれを踏まえた上で結論を出すべきだったと思う。
いささかローカルな歴史にふれると、鳥取県はかつて島根県に併合されていたことがある。明治9年から14年までの5年間である。併合の当初から、東西に細長い地理的特性による交通不便などから、旧鳥取県の東部地域を中心に強い独立運動が起こり、それが功を奏して再び鳥取県が置かれたのが明治14年9月12日のことである。ちなみに、鳥取県ではこの9月12日を「県民の日」と定め、毎年県内各地でさまざまな催しが開かれている。こうした微妙な歴史を、いったいどれほどの国会議員が知っていただろうか。
違憲訴訟が起きる
改正がその場しのぎだったことと関係するのだが、このたびの合区は憲法違反だと筆者はにらんでいる。憲法95条は、「一の地方公共団体」のみに適用される法律は、当該地方公共団体の住民投票においてその過半数の同意を得なければ制定することができないと規定する。ここで「一の地方公共団体」とあるのは「特定の地方公共団体」という意味であって、それが複数であっても排除されない。要するに、一部の地方公共団体にのみ不平等や不利益を押し付ける法律が、国会の多数によって制定されるのを防止しようとするのが、憲法のこの規定の意味である。
改正後の公職選挙法の規定では、鳥取、島根、徳島及び高知の4県を除く他の43都道府県はいずれも都道府県単位に選挙区が設定されているのに、4県だけは2つの県を区域とする選挙区とされる。これは、4県では純粋にその県から選出される参議院議員がいなくなるという点において、まさしく特定の地方公共団体にのみ不平等ないし不利益を被らせていると言える。そこで、この改正をするに際しては、該当の4県で住民投票が実施されなければならなかったのに、その手続きを踏んでいない。この改正を憲法違反だと指摘する所以である。
仮に、合区についてしっかりしたルールが定められていて、将来いずれかの都道府県の人口が一定の基準を越えて減少した場合には、そのルールに従って機械的に二つの都道府県の区域を選挙区とすることが明らかにされていれば、事情は違ってこよう。今回はたまたま該当の4県だけがそのルールの適用を受けたもので、他の43都道府県もいずれ条件を満たせば、同じ取り扱いを受けることになるのだから、特定の4県だけに不平等や不利益を押し付けたことにはならないからだ。
しかし、先に見たように、このどさくさの改正では、この種のルールは何も定められていない。法律の上では、あたかも4県だけを狙い撃ちしたかのように特別扱いしている。この点に関して付言すれば、このたびの改正に際し、平成31年度の参議院通常選挙に向けて「選挙制度の抜本的な見直しについて引き続き検討を行い、必ず結論を得る」と、改正法付則に規定している。裏を返せば、今次の改正はルールも定見もないものだと、国会が自ら告白しているのである。
来夏の参議院選挙では、1票の格差を争うこれまでのタイプの違憲訴訟は取りあえずおさまるのかもしれないが、新手の違憲訴訟が起きる可能性が出てきた。とても重要な法案であるにも関わらず、それを国会議員たちが無造作に扱ったツケが回ってきそうである。
バナー写真:参院の中村剛事務総長(中央)に、公職選挙法改正案を共同提出する自民党の溝手顕正参院議員会長(左から3人目)、維新の党の片山虎之助参院議員会長(右から3人目)ら=2015年7月23日、東京・国会内(時事)