国立競技場問題の本質:不透明で無責任、時代錯誤の大艦巨砲主義

政治・外交 社会

加藤 秀樹 【Profile】

巨額の建設費用が世論の反発を受け、計画見直しの声が高まる新国立競技場。2020年東京オリンピックのメーン会場建設をめぐる数々の問題について、筆者は「日本の政治家、官僚システムが抱える無責任構造が生んだ象徴的な事例だ」と指摘する。

新進建築家がはじめから応募できなかったコンペ

デザインコンクールでは「世界に提案を募る」としながら、実際の応募資格はプリツカー賞、UIA(国際建築家連合)ゴールドメダルなど5つの国際賞いずれかの受賞者に限られ、新進の建築家は応募できなかった。コンクールの二次審査では一次審査の8人に加え、外国の著名な建築家2人が審査員に加わっているが、結局は来日さえしていない。また審査経緯の説明もないなど、すべてが極めて不透明だ。それ以上に不透明かつ法治国家と思えないことが行われているのが、建築基準関係の手続きだ。

コンクール募集要項が公表されたのは2012年7月で、この時点での外苑周辺の建物の高さ制限は20mだった。加えて、競技場のある場所は「明治神宮内外苑付近風致地区」にも指定され、建物の高さは15m以下と、さらに厳しく規制されている。2004年の景観法により「聖徳記念絵画館の広大な眺めを将来に亘って継承する地域」ともされている。

しかし、募集要項には高さ70mまで建築可能との条件が示されている。コンクールの主催者は、都市計画法・建築基準法を破ることを前提でコンクールを実施したのだ。応募者にはこの事実が知らされていたのであろうか。

そして2013年6月、デザイン決定の半年後に都市計画変更が行われた。その議論を行う東京都都市計画審議会は、高さ制限を15mから75mに緩和したほか、JSC本部と日本青年館を新築するため容積率を300%から600%に、最高高さ規制を30mから80mに変更し、外苑に隣接する青山通り沿いの民有地を再開発促進地区に組み込んだ。

東京都は手続き的に問題がないことを強調しているが、日本の近代史上極めて重要な地域の景観環境を一変させるような決定であるにもかかわらず、積極的な告知や説明が行われた形跡は一切ない。

また、新競技場関連敷地とされる都営霞ヶ丘アパート10棟には約400人が居住しているにもかかわらず、2012年7月16日発表のコンクールの募集要項には、この敷地が「新国立競技場の整備に伴い移設され、建造物は建てないが、広場的な滞留空間として整備される」と、住民への説明や相談もなく示されている。

都営住宅を管理する都都市整備局にも、この募集要項の発表まで霞ヶ丘アパートの移転・建て替えについての説明は行われていない。JSCの有識者会議で議論されているが、議事録が未公開のため関係者には一切明らかにされておらず、募集要項発表後の8月26日に新宿区に対して、11月27日に住民に対して説明会が開催されたのみだ。

オリンピック・パラリンピックを国民の祭典といいながら、住民への説明もなく立ち退きを迫るのでは、およそ民主主義国家といえない。

景観問題:外苑の歴史的文脈を無視した巨大施設

神宮外苑は、明治天皇の業績を顕彰するため、渋沢栄一や阪谷芳郎ら民間篤志家の請願を受け、神宮内苑や表参道、裏参道と一体整備され、東京の風致地区第1号に指定された。

そのような歴史的経緯を経て、この地は聖徳記念絵画館とイチョウ並木、樹齢100年の外苑の森を中心とした歴史と美観を保つ、我が国を代表する都市緑地となった。

今回の建て替えは、このような歴史的文脈やそれを守るために定められた15mの高さ制限を一切無視し、大樹を犠牲にして敷地いっぱいに巨大な競技場を建設するものだ。これは神宮の景観を著しく損なうだけでなく、イベント開催時の数万人に及ぶ観客移動の安全、防災上の観点からも問題が多い。

さらに、この地は1943年10月、その多くが帰らぬ人となった動員学徒の壮行会(送る側と合わせて8万人以上が参加したと言われる)が行われ、その21年後の1964年10月には、戦後日本の復興の象徴となった東京オリンピックが同じ場所で開かれ、世界中の人が集ったのである。日本の近代化の濃密な歴史を100年単位でたどれる場所であり、現在はスポーツを中心に広く市民に親しまれる空間となっている。

政治家や文部科学省の官僚こそが、このような歴史を最も重く受け止めるべきではないか。

まかり通る時代錯誤の「大艦巨砲主義」

しめくくりとして、この国立競技場問題が象徴的に示している日本の政治、行政あるいは政治家、官僚の深刻な問題点を簡単に示しておこう。

第一に、金額的にもイベント的にも国民的なプロジェクトが不透明または法的にも怪しいプロセスの積み重ねの中で成立していること。それに対する説明や情報の開示が3年経った現在でも不十分なこと。これは民主主義の形骸化そのものである。正統性の装いを整えるばかりで、内容が伴わないのは大変危険なことだ。

第二に、国民の利益や国益はおろか、実質的に誰の利益にもならない時代錯誤の大艦巨砲主義がまかり通っていること。本件の場合は文部科学省やJSCにとってすら何の利益があるのか。彼らの虚栄心を満たすだけのための数千億円なのだろうか。本来の事業や組織の目的、意義を忘れ、自らの組織の予算、事業や施設の拡大が自己目的化し、その積み重ねが1000兆円もの国家債務になっているのである。

第三は、一度決められたことが、主権者であり納税者である国民の7割~9割(主要紙の世論調査)の反対意見があっても変えられないこと。方針変更によって生じる目の前の身内からの反発を避けるあまり、将来どれほど甚大な損害、場合によっては悲惨な結末を国民にもたらすかの想像力、責任感が欠けているのだ。

残念なことに、これらはすべて第二次大戦開戦に至らしめたと歴史家が分析していることと同じなのである。

おまけとしてつけ加えると、国立競技場と同じく2020年のオリンピックに向けて建て替えが決まっている有名な建築がある。東京のホテル・オークラ本館だ。大倉喜七郎のスポンサーシップ、谷口吉郎による設計で1964年東京オリンピックに向けて建てられたこのホテルは、近代日本建築、戦後日本復興の象徴の一つだ。

ジョン・レノンはじめ世界中のセレブリティから愛され、建て替え反対の意見、署名も世界から集まっている。まさに世界の「公共財産」であり世界遺産なのだが、オークラの経営者及び株主(その多くが建設会社であり不動産会社)は、短期的利益を掲げて方針変更の気配もない。

その筆頭株主の大成建設が新国立競技場の本体部分の建設を行うのも、日本の「オリンピック後」を暗示しているのかもしれない。

2年の時間を経て、ようやく計画見直しの声が出てきた。しかし費用の圧縮は問題の一部にすぎない。目的を取り違えた人たちが、身内の「空気」で物事を決め、社会全体を深い淵へとズルズル引きずっていく。この問題を契機にこんなサイクルを断ち切らないといけない。そうでなければ「おもてなし」どころではないだろう。

旧国立競技場の解体予算(先述のとおり、予算約200億円のうち、実際に解体に充てられる費用は一部で、7割近くをJSC本部ビルと日本青年館の移転費用に使う予定であることが後に発覚)の成果目標として「過去最多を超えるメダル獲得数」と書く文部科学省官僚。外国人を含め噴飯ものと話題になった。2年間発言を続けてきた建築家の槇文彦氏は「この問題は日本国民にとっては悲劇だが、外国から見ると喜劇」と語る。私たち自身が「自分事」として声を出すことが、本物の悲劇を招かない唯一の道だと思う。

バナー写真:日本スポーツ振興センター(JSC)の有識者会議で建設計画が了承された新国立競技場の模型(時事)

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非営利の政策シンクタンク「構想日本」代表。京都大学経済学部卒業後、大蔵省入省。1997年に退官し、「構想日本」を設立。2015年から京都大学経済学研究科特任教授を務める。著書に『アジア各国の経済・社会システム』(東洋経済新報社、1996年)、『金融市場と地球環境』(ダイヤモンド社、1996年)、『道路公団解体プラン』(文藝春秋、2001年)など。

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