日本の「コーヒー文化」、その深化と多様化
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「地方都市のカフェ」が象徴する、現代日本のカフェ文化
スタッフに案内されて座り、メニューを開いてコーヒーの欄を見ると20種類以上の商品が並ぶ。「サザ・スペシャルブレンド」「サザ・グロリアス(コロンビア)」「ゴルダ ロスピリネオス農園(エルサルバドル)」「ケニア」「マンデリン(インドネシア)」「ゲイシャ ナチュラル97(パナマ)」(※)……。各国の契約農園で作られた豆も多い。ここは茨城県ひたちなか市にある「サザコーヒー」というカフェだ。 (※メニュー内容は取材時のもの)
茨城県の県庁所在地・水戸市の隣に位置するひたちなか市は、人口約15万人の地方都市だ。JR東京駅から特急列車で約1時間30分のJR勝田駅。ここで下車して10分ほど歩くと、半円形屋根の建物が姿を現す。「SAZA COFFEE」と控えめに描かれた建物前の駐車場には、平日の午後でも多くのクルマが止まっている。
創業者・鈴木誉志男(よしお)氏のコーヒーへの情熱が高じ、さまざまなコーヒーを取り揃えたこの店は創業46年。今では多くのお客に支持されている。
大都市でもなくオフィス街でもない地方都市のカフェで、ここまで豊富なコーヒーメニュー。これこそが、現代日本のコーヒー文化、カフェ文化を象徴する。
コンビニコーヒー、外資系カフェの参入で市場が過熱
2013年、コンビニエンスストア最大手で国内に1万6000店以上を持つ「セブン-イレブン」が1杯100円(レギュラーサイズ)の持ち帰りコーヒー「セブンカフェ」を始めた。代金を支払うとカップが渡され、お客が自らコーヒーマシンのボタンを押して抽出するシステムだ。これが大人気となり、オフィス街では朝、店に立ち寄ってコーヒーを片手に出勤するビジネスパーソンが続出。現在では全店平均で1日120杯が売れるという。
さらに2015年2月、米国西海岸で「サードウェーブ」と呼ばれるコーヒーブームを牽引した店の1つ「ブルーボトルコーヒー」が東京都内に出店した。現在も行列が続いている。
世界各国に店舗を展開する「スターバックス」は1996年に銀座に1号店を出した。19年後の現在は、日本国内の全47都道府県に店を構え、国内店舗数は1000店を超えた。
2012年のデータによると、日本国内のカフェ(喫茶店)の数は7万店強だが、これは常設店の数字なので、イベントで設けられる期間限定のカフェは含まない。前述のコンビニやハンバーガーショップなども含めると、コーヒーを提供する店はもっと多くなる。
こうした現象や数字から、日本におけるコーヒー人気やカフェ人気の一端が伝わるだろう。米国やドイツには及ばないが、日本は世界でも有数のコーヒー輸入国である。
コーヒー人気の3つの理由、第一はモノづくりへの探求心
そもそも、なぜお茶の国・日本でコーヒーやカフェが人気となったのか。それはコーヒーやカフェだけを見てもわからない。生活文化の視点で考えると、3つの理由が挙げられる。
(1)欧米文化に刺激を受けて、追いつき・追い越したい
(2)外来品を取り入れ、自国流にカスタマイズする
(3)1つの業態を多様化して、消費者の選択肢を増やす
それぞれ簡単に説明しておこう。まずは1つめの「欧米に追いつき・追い越せ」は、自動車メーカーのトヨタ自動車が、かつて米国のフォード・モーターやGMをベンチマーキングしながら、品質を高めていった歴史と似ている。精密機器メーカーのキヤノンが、カメラの品質向上をめざし、ドイツのライカをベンチマーキングした歴史もそうだ。
日本は企業規模の大小を問わず、モノづくりへの探求心が強い。それは個人経営のカフェでも同じだ。前述のサザコーヒー・鈴木氏は、喫茶専門誌で自主勉強した後、試行錯誤の末に自家焙煎技術を会得。世界各国のコーヒー生産地に足を運んで、自分が納得できるコーヒー豆を輸入した。さらに南米コロンビアで自社の直営農園まで開設している。
また、コーヒー職人「バリスタ」の技術でも日本は世界有数の国となった。各国のバリスタが技能を競う「ワールド バリスタ チャンピオンシップ」や、カフェラテにデザインを施すラテアートの「ワールド ラテアート チャンピオンシップ」でも日本人優勝者が出ている。
自国流カスタマイズと、業態多様化
次に2つめの「外来品を自国流にカスタマイズする」姿勢。それ自体は多くの国でも行われるが、消費者と向き合い、徹底して味を改良して新商品を開発するのは日本のお家芸だ。
たとえば大陸から伝来したコメは、梅やシャケなど多彩な具の入った「おにぎり」を生み出し、ラーメンでは「醤油味」「味噌味」「塩味」「とんこつ味」を出す外食店が競い合う。
カフェのコーヒーもホットからアイスまで、風味の違うさまざまな種類を揃えている。
そして3つめの「業態を多様化する」こと。筆者は「基本性能=場所の提供と飲食の味」と「付加価値=魅力づくり」でカフェ業態を説明するが、今から半世紀ほど前の日本には、お客がみんなで歌をうたう「歌声喫茶」や、踊りを踊る「ゴーゴー喫茶」というのがあった。
現在も愛犬と一緒に訪れる「ドッグカフェ」や、猫とたわむれる「キャットカフェ」もある。有名な「メイドカフェ」も挙げておきたい。「おかえりなさい、ご主人さま」とメイド姿の女性スタッフが出迎えてくれる店は、お客をねぎらって癒す姿勢が外国人にも好評だ。
もちろんハイエンドコーヒーの専門店も目立つ。1種類の豆にこだわる「シングルオリジン」や、高品質な豆を用いる「スペシャルティコーヒー」をウリにする専門店と、ここで紹介したエンターテインメント要素の強い店が共存するのも特徴だ。
「気分」や「フトコロ具合」で店を選べる
大都市の繁華街を歩くと、多種多様なカフェが目につく。店によってコーヒー1杯が200円程度から1000円以上まであるが、多くの店は500円以下だ。ワンコイン(500円玉)で利用できる気分転換や、ちょっとした脱日常に向く、さまざまな特徴の店が用意されている。
たとえば近年話題の名古屋型の「モーニングサービス」は、朝の時間帯(店によって異なるが多くは10時や11時まで)にコーヒーを注文すると、希望者にはトーストとゆで卵が無料でつく。この方式を強みに東京都内にも店を増やす「コメダ珈琲店」(本店・名古屋市)のコーヒーは基本的に1杯420円。国内店舗が600店を超えるまでに成長してきた。
このモーニングサービスを日本で最初に始めたのは、名古屋市のある愛知県ではなく、広島県広島市の「ルーエぶらじる」(当時の店名は「ブラジル」)という個人経営の店だ。
戦後の食糧難時代に始まった「モーニングサービス」
2015年5月19日、広島に行き同店を訪れてみた。1956年に撮影された「モーニング」の文字が見える写真も残っている。現店主・末広克久氏の父である武次(たけつぐ)氏(故人)が、まだ敗戦後の食糧難が残る時代に「トーストにSSサイズの卵を使った目玉焼きを載せて、コーヒーが50円の時代に60円で提供した」(克久氏)という。これが週刊誌に紹介されて全国に広まったといわれる。
現在の「ルーエぶらじる」は自家製パンも提供するベーカリーカフェだ。「パンだけを買いに来るお客さまも多く、1日に500~600人が来店される」と末広氏は語る。近くにあった広島大学はかなり前に移転したが、当時通っていた学生が60代となり、勤め先を定年退職してから夫婦で来店することもあるという。
スターバックスやコメダ珈琲店などの大手チェーン店は店舗数を増やしているが、ここで紹介した茨城県や広島県の個人店など、全国各地の店主の地道な取り組みがカフェ文化を支えてきた。きめ細やかなモノづくりや多様性の象徴ともいえる日本のカフェ。
東京の下町で40年営業する、ある店主は「最近は外国人のお客さんが、サイフォンのコーヒー機器を撮影することが多い」と笑う。
街を歩いて気になった店があれば、入ってみてはいかがだろう。特別な体験になるかもしれない。
(2015年5月29日 記/本文中写真=高井 尚之)