“Origami” から生まれる世界的な技術革新
科学 技術 文化- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
折り紙ヒントの「ハニカムコアパネル」は数兆円市場
「折り紙」と書けば、1枚の和紙で鶴から恐竜に至るまで、さまざまな形を作り出す日本の伝統文化を思い浮かべる。一方 “Origami”は、今や世界数多くのオリガミ・ファンに通じる国際語だ。その折り紙技術が、実は、数兆円規模のビジネスに発展する宝の山だと明治大学研究・知財戦略機構の萩原一郎特任教授は指摘する。もはや、Origamiは、単なる芸術でなく新たなイノベーション産業の鍵を握っているのだ。
一説には、第2次世界大戦後まもなく英国人エンジニアが、折り紙に切り込みを入れて作った七夕飾りからヒントを得て、ハニカムコア(Honeycomb Core)を開発したといわれる。ハニカムコアは、六角形の筒を蜂の巣状に平面に敷き詰め並べたもの。身近なところでは、段ボール製の緩衝材でよく目にする。新幹線には、振動の軽減対策として床材にアルミのハニカムコアパネルを使用、衛星搭載のロケットでは、アイドリング時の爆音振動による衛星の音響破壊を防ぐために、壁面にハニカムコアパネルが貼られている。
今や数兆円規模の市場を持つハニカムコア技術が、日本の折り紙にヒントを得て英国で開発されたというのは、少々皮肉な話である。
伝統工芸という意識から抜け切れない日本
「日本のお家芸である折り紙を、なかなか実用的な産業技術に生かせないのは、日本の技術者として恥ずべきことだ」という強い思いが萩原教授を突き動かしている。
萩原教授はもともと衝撃工学の専門家として、日産自動車で衝突研究に携わっていた。その後、東京工業大学教授に就任、「協調工学」(車の乗り心地など、製品開発にユーザーの感性を織り込むための研究)を担当していたが、2002年に京都大学の野島武敏博士(現・明治大学先端数理科学インスティテュート客員研究員)の提唱する折り紙工学に出会う。野島氏は、折り紙の、軽くて強い、あるいは、展開収縮できる機能を有効利用すれば、産業に結び付くと唱えていた。その可能性に共鳴して、萩原教授は「折り紙工学研究会」を立ち上げた。
「協調工学は感性が大切です。例えば、(螺旋状に実る)ヒマワリの種の配列を見ると美しいと思う。美しいモノを使えば人の脳も活性化するのではないかと…。2002年京都大学の野島教授が折り紙工学を提唱した際の発表を聞いて、これだ!と思ったのです」
注目される「折りたたみ式ロボット」
日本では、いまだ伝統工芸のひとつとしてみなされる傾向のある折り紙だが、昨今、世界の折り紙技術に対する注目は著しいと萩原教授はいう。2014年8月に東京で開催された「第6回折紙科学・数学・教育国際学会」には、世界30カ国から300人近くが参加した。
折り紙技術への注目の背景には、1990年以降折り紙の設計を支援するソフトウェアや,折りによる紙の変形をシミュレーションするソフトウェアなどが多く登場して、「計算折り紙」の研究が進んだことがある。米国では、2012年に米国立科学財団が折り紙技術の研究プロジェクトに1600万ドルの研究開発費を提供したという。
その米国では、マサチューセッツ工科大学のコンピュータ科学者エリック・ドメイン教授(Eric D. Demaine)が形状記憶ポリマーシートで作る「折りたたみ式ロボット」の論文を発表して注目されるなど、斬新な研究が行われている。
「折りたたみドレス」―三宅一生とのコラボ
もちろん日本でもさまざまな研究、応用の取り組みがある。例えば、世界的ファッションデザイナーである三宅一生氏は、野島武敏氏とのコラボレーションにより「折りたたみドレス」をデザインした。
そこで活用されたのは、野島氏が生み出した「巻取りモデル」「円錐折り畳みモデル」だ。こうしたモデルは、朝顔のつぼみがらせん状に花へと開花するメカニズムがヒントになっている。
実は、貝、昆虫の翅(はね)やヒマワリの種の配列モデルなど、自然界にある折りたたみ構造には航空宇宙工学や機械工学の研究者にとって興味深い研究テーマが潜んでいる。2014年11月、東京大学の斉藤一哉助教による「昆虫界の“最難”折りたたみ、ハネカクシの翅の隠し方の謎を解明」の発表が米国科学アカデミー紀要に掲載された。この研究がさらに進めば、人工衛星用太陽電池パドルの展開構造から傘や扇子などの日用品にまで広範な工業製品に影響を与えると期待されている。
缶チューハイから人工血管まで
人工衛星では、太陽電池パネルの折りたたみに使われた「ミウラ折り」が有名だが、身近な例では、吉村パターン(ダイアモンドパターン)と呼ばれる折り構造を表面に利用した缶チューハイがある。プシューと缶を開けると同時に、缶の表面に凹凸のダイヤカットの形状が現れる。おなじみの読者も多いはずだ。
その他、簡単につぶせるペットボトルや、軽くて強い車体や家具、エアバックの折りたたみなど、私たちの日常にも折り紙技術は応用されている。
建築では木材や鉄鋼パネルを折りの素材として立体建築物にする工法の研究、医療分野においては、「なまこ折り」を応用した新型の人工血管(ステントグラフト)技術や、肺疾患検査を助ける肺胞管折り紙モデルなど、さまざまな応用研究が進められている。
量産化に結びつく技術開発を目指して
このように、日本の折り紙技術は医療、運輸、建築、宇宙産業など広範な分野で注目を集めてきてはいるものの、実用化されて量産に結びついているのはハニカムコアだけだという。
2014年11月には、前述の東京大学の斉藤一哉助教が、新たなハニカムコアの製造方法の実証に成功した。従来は、何層かに積み重ねたものを広げていたハニカムコアを、今回折り紙式に1枚のシートに切り込みをいれ、立体形状を作り出す手法を応用した。この技術により、高強度、高剛性なハニカムコアの製造が容易になり、コストも削減できるだけでなく、従来は難しかった曲面パネルも作ることができる。
一方、明治大学の萩原教授チームが取り組んでいるのは、トラスコア(ダイアコア)と呼ばれるパネル開発だ。こちらも曲面化が容易で、火災にも強い。また、同じ形状のパネルを上下凹凸同士で、サンドイッチ方式に組み合わせると、剛性が平板の訳7〜8倍、しかもコストは通常のハニカムコアの3分の1程度になるという。現時点では、太陽光パネルへリオスタット、リチウム電池ボックス、列車床構造などへの応用が検討されているそうだ。
萩原チームは「折り紙式3Dプリンター」の開発にも注力している。通常の積層型3Dプリンターとは逆転の発想で、3次元データから折り紙の展開図を印刷する。このデータを使えば、将来的には高価な金型を使わずにモノづくりができる。溶接ロボット、折りロボットなど産業用ロボットの導入を視野に、開発を進めている。
折り紙の伝統に根ざしてはいるが、折り紙工学はまだ新しい研究分野だ。今後、折り紙の発想、技術の産業実用化に向けて、日本を含め各国でどのような斬新な取り組みが進むか注目したい。
(2015年1月明治大学研究・知財戦略機構・先端数理科学インスティテュートでの取材に基づいてニッポンドットコム編集部が構成/バナー写真=明治大学・萩原一郎特任教授/撮影:山田愼二)