台湾が変えた日本——自転車聖地・しまなみ海道の変貌の背後にあるもの

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野嶋 剛 【Profile】

日本全国から求められるGIANTのノウハウ

今回の「サイクリングしまなみ2018」の前夜に開催された国際シンポジウムには、米国、フランス、豪州、中国など世界各国からの自転車関係者が参加した。その中でも、台湾の存在感は格別だった。

いま、日本でのサイクルツーリズム振興において「伝道師」となっているのは、リュー氏と共に創業からGIANTを世界企業に育て上げたトニー・ロー(羅祥安)日本自転車新文化基金会会長である。

サミットで登壇したロー氏は「台湾は、10年前はゼロでしたがいまはサイクリングアイランドになりました。台湾にできるならば日本にできないはずはありません」と語った。

日本自転車新文化基金会会長のトニー・ロー氏(筆者撮影)

台湾には、サイクルツーリズムのノウハウがあった。モデルとなったのは、台湾で年に1回行われるフォルモサ900。台湾一周の900キロは「環島」と呼ばれる。台湾では環島がブームとなっているが、その火付け役がGIANTで、そのノウハウを日本全国から求められているのである。

そのロー氏は、今年に入っても、琵琶湖一周の「ビワイチ」や東北の被災地振興を掲げた「ツール・ド・東北」、茨城県の「つくば霞ヶ浦りんりんロード」をなど、日本各地のサイクルツーリズム振興を目指す場所から、GIANTとのタイアップを求める声が殺到しており、日本各地を飛び回っている。

広がりつつあるサイクルツーリズムの輪

しまなみ海道は、一気に日本を代表するサイクリングルートに成長した。今回の参加者は7200人。うち外国からの参加者は800人に達している。日本では最近、全国各地で地域おこしの一貫としてイベントが自転車シーズンの秋から春にかけて盛んに行われているが、参加者が7000人を超えるイベントはまず見かけない。

しまなみ海道のようす(筆者撮影)

サイクリングしまなみ2018は日曜日1日だけだが、外国人や日本の遠方からの参加者は、その前後も入れると5日から1週間程度は滞在する。その間はホテルに泊まり、地元の名所を観光する。イベントがない普段の週末に訪れる人々も多い。サイクリングという集客の目玉は地元には計り知れない経済効果をもたらすのである。

その「しまなみ効果」を目の当たりにした地元の自治体の目の色が変わりつつある。広島県の湯崎英彦知事は、開催前日のシンポジウムで「これからは『やまなみ街道サイクリング』を推し進めたい」と述べた。これは、広島と日本海側の山陰地方を結ぶ新しいサイクリングルートのことだ。

しまなみ海道で成功した愛媛県も次を見越している。これからは四国一周のルートを、しまなみ海道とセットで進めていく方針だ。日本全国に、サイクルツーリズムの輪が広がりつつあるのである。

長年、台湾はテレビドラマや消費文化などいろいろな面で日本から影響を受けることが多く、経済的にも、先に高度成長を遂げた日本を追いかける形だった。しかし、このサイクリングにおいては、台湾は明らかに日本よりも先進地だ。台湾が日本を変える。そんな新しい現象が、しまなみ海道を皮切りに、サイクルツーリズムの世界で起きている。

出発前の筆者(筆者提供)

バナー写真=しまなみ海道(筆者提供)

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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