台湾が変えた日本——自転車聖地・しまなみ海道の変貌の背後にあるもの

社会

10月28日、広島・尾道から愛媛・今治まで走った。しまなみ海道は、4年前よりもずっと輝いて見えた。4年前は少し慌て気味であった運営の人たちもすっかり慣れた様子で、7000人を超える参加者を効率よくテキパキと誘導してくれて、とても安心して走っていられた。

中でも、最も変わっていたのは、人々の応援であった。6年前は、不思議そうに戸惑いがちな目線を向けていた地元のおじいさんやおばあさんが、今回は、道端に簡易椅子を出して近所の人たちと一緒に陣取り、集団が通るたびに鳴り物で音を立てながら、大声で「頑張れー」と声を掛けてくれるのだ。そういう温かい声援が、遠い所からやってきたサイクリストには一番ありがたい。走っているときはひたすらペダルをこいでいるので、景色は見ることができても、なかなか地元の人たちと対話するチャンスはないので、これはとてもうれしい。

参加者を応援する地元の人々(筆者撮影)

しまなみ海道は変わった。その背後には多くの人々の努力があったことは言うまでもないが、その中でも重要な役割を演じたのが「台湾」であった。

「尾道スタート」が初めて実現

「サイクリングしまなみ」大会は、2014年に始まった。主催は愛媛・広島県など地元自治体や関係団体などでつくる実行委員会。開催は2年おきで今回が3回目。国際大会と位置付けるのは4年に1度で、今回は2014年以来となる。私にとっても4年ぶりのしまなみ海道ライドとなった。

しまなみ海道は愛媛・今治から広島・尾道までの70キロの道のりだ。大会の一番大きな楽しみは、高速道路を走れることだ。本州と四国を結ぶ高速道路「西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)」をサイクリングのために閉鎖し、参加者は広々とした高速道路で眼前に広がる島々の「多島美」をエンジョイすることができる。

「サイクリングしまなみ」大会の最大の楽しみである高速道路の走行(筆者撮影)

初心者向けの短いコースや70キロを往復する「COMPLETE SHIMANAMI 140」(約140キロ)など、走行距離の異なるコースが用意された。サイクリングしまなみ2018では、今回初めての試みとして、広島側からのスタートを行うグループを設定した。愛媛と広島を結んでいるルートでありながら、そのスタート地点はこれまで愛媛の今治だけだった。受け入れのホテルや運営の問題があったからだが、広島側の強い要望で尾道スタートが今回実現した。

筆者はこの新設された尾道出発コースを台湾のサイクリストと一緒に走った。その中には、出発地である尾道市の平谷祐宏市長の顔もあった。このイベントの特徴の一つは自治体のトップが自ら一般参加者と一緒に走ることだ。そのことで市民が行政の意欲も感じ、イベントに勢いがつく。今回利用したのは台湾の自転車メーカーGIANTの電動車だ。GIANTが日本市場に打って出るために、19年1月より発売するもので、スポーツ車に電動アシストバッテリーを搭載している。電動アシスト車は、坂道が多く、海からの風も強いしまなみ海道に適している選択肢になるはずだ。

スタートは早朝6時。夜明け前に尾道から出走会場へ船で自転車と一緒に向かう。温暖な瀬戸内とはいえ秋も深まっており、少々肌寒い。しかし、走っているうちに太陽が昇り、やがて気温も上がって汗が流れる。70キロのコースの中に数カ所置かれている「エイドステーション」で休憩しながら地元の特産であるじゃこ天やミカンジュースなどの「おもてなし」も充実している。せっかくの運動なのに、レースが終わっても体重が減るどころか増えているのが悩ましい。

早朝6時、参加者ととともに出発する平谷祐宏尾道市長(左)とエイドステーションのようす(右)(筆者撮影)

中村時広知事が先進地・台湾で受けた衝撃

前述のように、「多島美」の代名詞であるしまなみ海道を世界トップレベルのサイクリングルートに成長させる原動力になったのは台湾だった。観光振興に自転車を活用する方策を模索させたいと考えていた中村時広・愛媛県知事は、2012年、サイクルツーリズムの先進地である台湾のGIANT本社を訪問し、創業者のキング・リュー(劉金標)会長(当時)と面会した。

そこでリュー会長から語られた言葉が、中村知事には衝撃的だった。

「サイクリングは健康、生きがい、友情を生むんです」

それまでは単なるスポーツイベントを手掛けたい、という程度に考えていたのだが、自転車がもたらす社会貢献は単なる観光振興にとどまらない、ということに気付かされたと、中村知事は振り返る。

20年の東京五輪を控えて訪日外国人旅行者(インバウント)振興に熱意を燃やす日本の観光は、いま大きく分けて、二つの流れに分かれている。東京・大阪・京都などの都市観光と、北海道、東北、北陸、中国、四国、九州・沖縄などの地方観光だ。都市観光においては、団体観光を主体として、ショッピングやグルメなどが中心となる。一方、地方観光は、それぞれの地方の独自の魅力が集客力を左右し、地方ごとに観光客の激しい奪い合いも起きている。

圧倒的な自然美がある北海道や、南国のリゾートとして滞在できる沖縄などは別格だが、その他の地方は、歴史や文化などでいくら独自性をアピールしても、日本に詳しくない外国人の目には五十歩百歩に見えるかもしれない。その中で、しっかりとしたインフラとサービスが伴ったサイクルツーリズムが存在することは、外国人を引き付ける大きな魅力になる。

というのも、サイクルツーリズムはいま世界の観光流行の最先端にあるとされており、エコで、健康的で、グルメや景色もじっくり楽しめる観光スタイルであるからだ。それはサイクリングの効力が「健康、生きがい、友情」と語った劉会長の言葉にもそのままつながっている。

日本全国から求められるGIANTのノウハウ

今回の「サイクリングしまなみ2018」の前夜に開催された国際シンポジウムには、米国、フランス、豪州、中国など世界各国からの自転車関係者が参加した。その中でも、台湾の存在感は格別だった。

いま、日本でのサイクルツーリズム振興において「伝道師」となっているのは、リュー氏と共に創業からGIANTを世界企業に育て上げたトニー・ロー(羅祥安)日本自転車新文化基金会会長である。

サミットで登壇したロー氏は「台湾は、10年前はゼロでしたがいまはサイクリングアイランドになりました。台湾にできるならば日本にできないはずはありません」と語った。

日本自転車新文化基金会会長のトニー・ロー氏(筆者撮影)

台湾には、サイクルツーリズムのノウハウがあった。モデルとなったのは、台湾で年に1回行われるフォルモサ900。台湾一周の900キロは「環島」と呼ばれる。台湾では環島がブームとなっているが、その火付け役がGIANTで、そのノウハウを日本全国から求められているのである。

そのロー氏は、今年に入っても、琵琶湖一周の「ビワイチ」や東北の被災地振興を掲げた「ツール・ド・東北」、茨城県の「つくば霞ヶ浦りんりんロード」をなど、日本各地のサイクルツーリズム振興を目指す場所から、GIANTとのタイアップを求める声が殺到しており、日本各地を飛び回っている。

広がりつつあるサイクルツーリズムの輪

しまなみ海道は、一気に日本を代表するサイクリングルートに成長した。今回の参加者は7200人。うち外国からの参加者は800人に達している。日本では最近、全国各地で地域おこしの一貫としてイベントが自転車シーズンの秋から春にかけて盛んに行われているが、参加者が7000人を超えるイベントはまず見かけない。

しまなみ海道のようす(筆者撮影)

サイクリングしまなみ2018は日曜日1日だけだが、外国人や日本の遠方からの参加者は、その前後も入れると5日から1週間程度は滞在する。その間はホテルに泊まり、地元の名所を観光する。イベントがない普段の週末に訪れる人々も多い。サイクリングという集客の目玉は地元には計り知れない経済効果をもたらすのである。

その「しまなみ効果」を目の当たりにした地元の自治体の目の色が変わりつつある。広島県の湯崎英彦知事は、開催前日のシンポジウムで「これからは『やまなみ街道サイクリング』を推し進めたい」と述べた。これは、広島と日本海側の山陰地方を結ぶ新しいサイクリングルートのことだ。

しまなみ海道で成功した愛媛県も次を見越している。これからは四国一周のルートを、しまなみ海道とセットで進めていく方針だ。日本全国に、サイクルツーリズムの輪が広がりつつあるのである。

長年、台湾はテレビドラマや消費文化などいろいろな面で日本から影響を受けることが多く、経済的にも、先に高度成長を遂げた日本を追いかける形だった。しかし、このサイクリングにおいては、台湾は明らかに日本よりも先進地だ。台湾が日本を変える。そんな新しい現象が、しまなみ海道を皮切りに、サイクルツーリズムの世界で起きている。

出発前の筆者(筆者提供)

バナー写真=しまなみ海道(筆者提供)

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