『カメラを止めるな!』の“感染力”から考える日本のゾンビ人気

文化 Cinema

岡本 健 【Profile】

感染拡大=異質の価値観が急速に伝播

前述のように日本は観光振興に力を入れているが、特に重視するのはインバウンド(外国人観光客誘致)だ。観光は他者との交流の機会であると同時に、摩擦が起こりやすい環境も生む。異文化同士が出会うのだから当然だ。また近年では、日本を含め世界的にヘイトスピーチや差別などの、多数派ではない存在、価値観に対する攻撃が社会問題化している。マイノリティーとマジョリティー、都市と地方、人種、LGBTなど、多様な価値観が表明されるいま、対立や排他的な姿勢も存在感を増している。

ここでゾンビに引きつけて考えてみると、かみつかれてゾンビに感染する様は、「ゾンビ=他者」の価値観がどんどん侵入してくる様子を比喩的に描いているとも解釈できる。そうすると、走り始めたゾンビの含意が見えてくる。「価値観の伝播(でんぱ)」の速さだ。

価値観の “感染” が速くなったと聞けば、思い浮かぶのはインターネットである。日本では1990年代から2000年代を通じて、インターネット利用者の数が増え続け、情報社会化が進んだ。

つまり、ある価値観がインターネットを通じて、ものすごい速さで伝わってしまうのである。「ホームグロウン・テロリズム」(自国育ちのテロ)はその典型だ。ネットを通じて価値観が伝播し、先ほどまで隣にいてコミュニケーションが取れていた友人が、突然、意思疎通ができない「他者」になってしまう恐怖。そして、自分もその波に飲み込まれてしまうかもしれない恐怖。その怖さはゾンビの怖さと共通する。

異質な他者との対峙と共存

2017年10月の「横川ゾンビナイト」に参加、ゾンビメークでラーメンを食べる筆者

厳密にはゾンビではないが、ゾンビ的な性質を持ったモンスターは、人気のコンテンツ作品にも多く見られる。例えば『進撃の巨人』や『東京喰種トーキョーグール』、『亜人』といった作品だ。これらに登場する存在は、それぞれ人間によく似ているが、決定的に違う性質を持つ。『進撃の巨人』では人を食う巨人、『東京喰種』では人間しか食べられない喰種(グール)、そして、『亜人』では不死身の存在としての亜人(あじん)が登場する。いずれの作品も漫画、アニメ、実写映画など、メディアミックス展開が行われた人気作だ。

3作品とも、異人間と人間との対立や協力を描いた作品で、主人公は「境界線上」の存在となり、それぞれの価値観を体験する役割を担う。どちらかの種族が絶対的に悪であるという描かれ方ではなく、どちらにも穏健派、急進派が登場する群像劇である。

価値観の異なる「他者」と共存を余儀なくされる現代社会で、そうした「他者」たちとどうやって付き合っていけば良いのか。対峙(たいじ)と共存の試行錯誤を繰り返す私たちにとって、ゾンビは社会の写し鏡であり、今後も関心を持たずにはいられない存在であり続けるだろう。

バナー写真:上田慎一郎監督『カメラを止めるな!』より(製作=ENBUゼミナール/配給=アスミック・エース、ENBUゼミナール)©ENBUゼミナール

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近畿大学総合社会学部准教授。専門は観光社会学、コンテンツツーリズムなど。1983年奈良市生まれ。2007年北海道大学文学部卒業 (専攻は認知心理学)、12年同大学大学院国際広報メディア・観光学院観光創造専攻博士後期課程修了。博士(観光学)。京都文教大学、奈良県立大学の教員を経て、19年4月より現職。著書に『ゾンビ学』 (人文書院、2017年)、『アニメ聖地巡礼の観光社会学: コンテンツツーリズムのメディア・コミュニケーション分析』 (法律文化社、2018年)など。

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