「日本人」にも「台湾人」にもなれない人々——中華民国国籍「無戸籍」者を考える

政治・外交

岡野 翔太 【Profile】

「無戸籍」者はさまざまなサービスを受けられない

台湾国外で生まれ、中華民国国籍を取得した子どもが台湾の戸籍も取得するかどうかは、親の考えや行動にかかっている。例えば、台湾では男子に兵役の義務があるため、急な帰国はないと親が判断すれば、戸籍の取得をやめ、これを回避しようとするかもしれない。また、特に理由もなく登記していない場合もある。

台湾国外で生まれたAが20歳前であれば、数週間程度台湾に滞在すれば「身分証」を入手することができる。しかし、20歳を超えてしまうと申請要件ははるかに厳しくなり、一番早い方法として台湾に連続1年間居住し続けなければ申請すらできない。

先述のように「身分証」がない「無戸籍」者は、外国籍の人々と違って自身を証明する方法がないため短期滞在者向けのサービス、例えば銀行口座の開設、携帯電話の契約、外貨両替など、手続きが煩雑なため窓口で拒否されたり、時間がかかってしまうことが多い。

1つの国籍に2種類のパスポート

台湾国外で生まれても、親のいずれかが中華民国国民であれば、中華民国のパスポートは取得が可能だ。居住地にある台北駐〇〇経済文化代表処あるいは中華民国駐〇〇大使館などで申請できる。さらに、両親のいずれかが台湾に戸籍があり、子どもが20歳になるまでに親の戸籍地で登記すれば、子どもにも「中華民国国民身分証」が発行される。

手続きの際には、必ず、中華民国パスポートで台湾に帰国しなければならない。この時点では、まだ、戸籍がないので、パスポートとは別に「台湾地区出入国許可証」を取得して入国し、戸籍地で登記して身分証番号が付与されてから、改めて、身分証番号が記載された中華民国パスポートを申請しなければならない。

以上をまとめると、中華民国のパスポートには、(1)台湾に戸籍を有する人のもの(2)台湾に戸籍が無い人の2種類が存在する(外観は全く同じもの)。海外生まれの中華民国国民は(2)のパスポートを持ち、そこから(1)へと移行できる者もいれば、台湾に戸籍を持つ術がなく移行できない中華民国国民がいることになる。

現在、台湾は日本を含め160カ国以上の国をノービザで訪問することが可能だ。しかし、ほとんどの場合、(1)のような国民身分証の番号が記載されている中華民国パスポートに限られていて、番号の記載がない(2)の中華民国パスポート保持者は、台湾や居住国以外の第三国に観光、留学、ビジネスで渡航の際、煩雑な手続きが必要となる。

ちなみに、なぜ中国大陸出身者が中華民国国籍になるかというと、その時点の中国大陸は、「中華民国」が統治していたからで、中華人民共和国が成立した今でも、世界には中華民国国籍を有する華僑が一定数存在する(中華人民共和国成立以降に、海外に渡った人は中華民国国籍ではなく、中華人民共和国国籍となる)。彼らの中には、台湾の地で生活したことがないため、台湾の戸籍を持っていない人が多くいる。

ただ、米国などの出生地主義を採用している国では、その子ども世代以降はその国の国籍を持つ。台湾は多重国籍の所持を認めている。そのため中華民国国籍との二重所持も可能となるが、日本や韓国などの血統主義を採用している国では、中華民国国籍夫婦の子どもは、出生地の国籍は取得できず、中華民国国籍単一所持者となる。

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岡野 翔太OKANO Shōta経歴・執筆一覧を見る

大阪大学人間科学研究科博士課程。台湾名は葉翔太。1990年兵庫県神戸市生まれ。1980年代に来日した台湾人の父と日本人の母の間に生まれたハーフ。小学校、中学校は日本の華僑学校に進む。専攻は華僑華人学、台湾現代史、中国近現代史。著書に『交差する台湾認識-見え隠れする「国家」と「人びと」』(勉誠出版、2016年)。

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