日記研究最前線——「個人の経験」から歴史を見つめ直す

文化

大岡 響子 【Profile】

日記から「台湾史」を考える

「個人の経験」に立脚した歴史への問い直しは、昨今の台湾において移行期正義を促進していく流れとも呼応するのではないだろうか。二二八事件に関連する公文書の精査が急ピッチで進められ、今年の3月には1000人余りの受難者がいる可能性が新たに明らかとなった。蔡総統が目指す補償金の支給や名誉回復証書の授与に留まらない「真相」究明と責任の明確化が、どの程度実現可能であるのかはまだ見通せない。しかし、現在まで「救済」されることのなかった個人の痛ましく、筆舌に尽くしがたい経験を「台湾史」という歴史の文脈の中で捉え直していくことが、個別の補償に加えて今求められているように思える。それは、国民党やかつての指導者、あるいは民進党を主語とする「台湾史」ではない。さまざまな関係性が折り重なり、時にはしがらみとも言い得るものの中で構成される「個人の経験」にかたどられた「台湾史」だといえる。

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明治学院大学兼任講師。国際基督教大学アジア文化研究所研究員。専攻は文化人類学。植民地期台湾における日本語の習得と実践のあり方とともに、現在も続く日本語を用いての創作活動について関心を持つ。「植民地台湾の知識人が綴った日記」が『日記文化から近代日本を問う』(笠間書院、2017年)に収録されている。

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