台湾で根を下ろした日本人シリーズ:知る喜びを分かち合う——作家・コーディネーター 片倉真理

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馬場 克樹 【Profile】

片倉 真理 KATAKURA Mari

台湾在住作家、コーディネーター。メディア取材のコーディネーションの傍ら自身も筆を執り続け、2018年4月に台湾生活19年間の集大成として、日本では初の単著となる『台湾探見—ちょっぴりディープに台湾(フォルモサ)体験』(ウェッジ)を出版。さらに深く台湾を知りたいという多くの読者からの支持を集めている。

徹底した取材が読者を魅了

東日本大震災以降、日本人の台湾に対する関心は飛躍的に高まった。台湾を訪れるリピーターも急増し、これまでの台北とその近郊、高雄、台中といった定番の観光地だけでは飽き足らず、地方へと足を延ばす層も着実に増えている。特にここ数年は台南がブームで、台南を特集した単行本やガイドブック、雑誌が多数出版されている。台湾の地方都市の魅力について、片倉はこう語っている。

「その土地ごとに漂う異なる空気感が好きなのです。例えば、嘉義という街は、これまでは台北から高雄や台南に向かう通過点にしか過ぎませんでしたが、実際に散策してみると『嘉義スタイル』と呼ぶべき独特な文化があることに気付きます。嘉義で『鶏肉飯』といえば、鶏肉ではなくて七面鳥の肉。『涼麺』と呼ばれる常温の汁なし麺は、他の土地ではごまだれが一般的ですが、嘉義ではさらにマヨネーズが載っています。豆乳に豆花を入れたデザート『豆漿豆花』も、実は嘉義が発祥です」

片倉の関心は都市だけに留まらない。観光ガイドブックでは取り上げられることのなかった小さな町や村にも、温かな眼差しを向けている。雲林県の土庫鎮の媽祖廟には、日本統治時代に群馬県の吉祥寺から持ち込まれた観音像が一緒に祭られている、彰化県の社頭郷の駅前には、この地の地場産業の靴下の博物館がある、苗栗県白沙屯を拠点とする媽祖巡礼では、媽祖像の乗るみこしを衛星利用測位システム(GPS)で追跡できるなど、そのネタは尽きない。そして取材する片倉のそばには、カメラを構える夫の姿がある。新著の『台湾探見—ちょっぴりディープに台湾(フォルモサ)体験』でも、写真は夫が担当した。

媽祖巡礼の様子(片倉佳史氏撮影)

「夫は物書きの先輩であり、良きアドバイザーでもあります。同じ事象でも2人の見る角度が違うので、かえって気付きを与えてくれ、自分の視野を広げてくれます。文章に合わせて写真を撮ってくれるのも心強いです」

年配者への取材の現場では、同性同士の方が心を許して話してくれることも多いという。相互補完できることがペアで取材することの強みでもあり、まさに「水魚の交わり」を地で行く2人の姿がそこにある。民間企業の営業畑から、特に大きな決意もなく、台湾に足を踏み入れてしまったという片倉だが、台湾生活術の極意をこんな表現で語ってくれた。

「台湾では流れに任せることです。気負わずに一つ一つのご縁を大切にし、時には日本人が重きを置く計画性やこだわりをいったん手放してみるのも必要です。雑誌やデザイナーショップを展開する『小日子』のオーナーの劉冠吟(りゅう・かんぎん)さんの言葉ですが、『新しいことに挑んで失敗したことよりも、台湾では挑戦したことを褒めたたえる』というのが、この土地の空気感なのです」

片倉真理氏(片倉佳史氏撮影)

片倉は「台湾は誰かにその魅力を伝えたくなるパワーを秘めた土地」と繰り返し述べている。外国人でも旅人でも受け入れてくれる敷居の低さと懐の深さ。知りたい問いへの答えに確実にたどり着ける心地良さ。こうした魅力を前面に押し出しながらも、片倉の筆は一つ一つのテーマを丁寧に掘り下げ、紹介した店の裏側に潜む店主の思い、その土地に暮らす人々の郷土への思い、読者がその土地の空気感を知るために役立つヒントなどを次々と描き出していく。そして、彼女の文章からは、一貫して台湾という土地とそこに暮らす人々への深い共感と愛情を感じ取ることができるはずだ。最後に座右の銘を聞いてみた。

「警察用語で私たち夫妻がモットーとしていることですが、『現場百回(げんじょうひゃっかい)』という言葉です。現場に何回も行って初めて見えてくるものがあるのです。新著の書名『台湾探見』の『見』にも、そんな思いが込められています」

徹底した現場主義の取材と書き手の豊かな感性に裏打ちされ、「台湾を知る喜び、学ぶ楽しさを分かち合う」ことを旨とする片倉の作品は、これからも台湾を知りたがっているファンの心をくすぐり続けることだろう。次回作が今から待ち遠しい。

片倉真理氏が制作に関わってきた数々の出版物(片倉佳史氏撮影)

バナー写真=片倉真理氏(片倉佳史氏撮影)

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シンガーソングライター、俳優、ライター。仙台市生まれ。2007年からの3年半、財団法人交流協会(現・公益財団法人日本台湾交流協会)台北事務所に文化室長として赴任。日本に帰国後、東日本大震災の復興支援のボランティアに1年半従事。2012年より台湾に移住。日台混成バンド「八得力(Battery)」を結成し、台湾各地での演奏活動の傍ら、映画、ゲーム、CM等にも楽曲を提供。著書に『約定之地—24位在台灣扎根的日本人(約束の地—24名の台湾で根を下ろした日本人)』(2021年、時報出版)。俳優として台湾の映画、TVドラマ、舞台、CMにも多数出演しているほか、2022年7月より台湾国際放送のラジオ番組『とっても台湾』のパーソナリティにも就任。

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