サッカーW杯に見る日台の文化

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木下 諄一 【Profile】

日本人とってのW杯とは「がんばれ!ニッポン!」のお祭り

台湾人にとってのW杯がドーナツショップの行列なら、日本人にとってのW杯とは何だろうか。

それは4年に一度、サッカーが主役になる期間。みんな夜遅くまで試合を観戦し、スポーツバーでは青いユニフォームを着た大勢の人たちが熱狂する。メディアの報道もサッカー一色だ。

でも、彼らは本当にサッカーを見たいのかというと、ただ盛り上がりたいだけのように思えてならない。渋谷のスクランブル交差点でも、みんな騒いでお祭りを楽しみたいだけなのではないだろうか。中には試合を見ていない人もいる。

だから、大会前に協会が不可解な行動をしても、それがまかり通って、最後は「勝ったんだから全て良し。また4年後に会おう」となってしまう。要はみんなサッカーに対して興味がありそうで、結局のところは「がんばれ!ニッポン!」。サッカーは二の次なのだ。

もし、これが野球だったらどうだろうか。野球にはサッカーのような世界中が本気でナンバーワンを競う大会は多くないが、そんな大会が開催されたら国民の思いも全く違ったものになる気がする。協会が不可解な行動をすればファンはそれを許さないだろうし、これについてのメディアの報道ももう少し丁寧だったと思う。つまり、国民はみんな野球のことをよく知っているからだ。

これが文化だと思う。日本は台湾と比べればサッカー先進国。これは間違いないと思うが、サッカー文化が培っていないことについてはさほど差はない。文化は知らず知らずのうちに国民のDNAの中に刻み込まれていく。子どもがキャッチボールをしたり、居酒屋でプロ野球について熱く語ったり、高校野球で地元の出場校を応援したり…。これら全てが文化を形成していく。そして何代にもわたって引き継がれる。

W杯の試合会場で日本人サポーターがごみを集める姿が世界的に話題になった。恐らく他の国からすれば、観客がごみを集めるなんて信じられないことかもしれない。でも、日本人にとっては特別なことをしたという認識はない。「自分の出したゴミは自分で片付ける」。子どもの頃から家でも学校でも普通に言われてきたことだからだ。でも文化だと思う。

台湾でもW杯の期間中、連日明け方まで熱気に満ちた場所があった。サッカーくじを売る店だ。狭い店内には20人を超える人たちが丸椅子に座って大画面に映し出される試合を見ていた。夜中だというのに、みんな眠そうな気配はない。この日行われていたのはスイス対セルビア戦。夜明けにスイスが勝ち越しゴールを奪った瞬間、表通りまで聞こえる大歓声が沸いた。

でも、みんなサッカーを見ているわけではない。サッカーに対する愛もないし、それどころかサッカーのこともよく分かっていない。一方でギャンブルのルールに対するのみ込みは驚くほど早い。そして勝負どころで大金を賭ける時の緊張と興奮が醸し出す熱気はこちらまでひしひしと伝わってくる。これも文化だと思った。

2018年度、日本サッカー協会の収益は70%が日本代表絡みだという。協会としては何としても日本代表に頑張ってもらわなければ困る。このような現象は、世界中でも日本でしか見られない珍しいものだ。それを生み出しているのがサッカー文化の欠如とお祭りが大好きな日本人の気質だと思う。

W杯が終わったら、しばらくみんなサッカーは見ないだろう。多くの日本人が祭りの余韻に浸る中、僕は何とも言えない寂しさを感じた。

バナー写真= MakiEni / PIXTA

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小説家、エッセイスト。1961年生まれ。東京経済大学卒業。商社勤務、会社経営を経て台湾に渡り、台湾観光協会発行の『台湾観光月刊』編集長を8年間務める。2011年、中国語で執筆した小説『蒲公英之絮』(印刻文学出版、2011年)が外国人として初めて、第11回台北文学賞を受賞。著書に『随筆台湾日子』(木馬文化出版、2013年)、『記憶中的影』(允晨文化出版、2020年)、『阿里阿多謝謝』(時報文化出版、2022年)、日本語の小説に『アリガト謝謝』(講談社、2017年)などがある。フェイスブックとYouTubeチャンネル『超級爺爺Super G』を開設。

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