サッカーW杯に見る日台の文化

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木下 諄一 【Profile】

台湾人にとってのW杯とはドーナツショップに並ぶようなもの

大会開始前に、台湾でサッカー解説の第一人者として知られる石明謹さんと話す機会があった。彼とは優勝国の予想をするのも楽しいが、それよりも台湾の人たちがW杯をどのように見ているのかについて聞いてみたいと思った。すると、

「ドーナツショップの行列に並ぶようなものです」

石さんの話によると、W杯期間中、確かに台湾はサッカーの話題で盛り上がる。でも、それは台湾人がサッカーを見たいわけではなく、何か楽しそうなことをやっているから、とりあえずそれに乗ろうという感覚らしい。

「それで、みんなそれぞれに応援する国があるのです。ブラジルだったり、スペインだったり。アジア予選では台湾のことを応援しない、台湾人がですよ」

半ばあきれ気味に笑いながら石さんは、その理由について次のように続けている。

「台湾人は負けることが極度に嫌いで、だから勝てそうなところを選んで応援する。そうなると、台湾は応援できない。正確にいうと、台湾を応援したいと思っても負けるのは許せない」自分が負けたような気になるのが耐えられないということらしい。

こうした国民性を生み出す背景には、子どもの頃の環境にあると石さんは言う。台湾では、子どもは勉強第一で、運動なんてやらなくてもいいと考える親が多数を占める。お金をもうけて成功することが一番。そのためには決して負けてはいけない。だから意識するところは勝ち負けだけということになり、自分が勝って満足することしか興味がない。こんな環境では純粋にスポーツを楽しむ素地は生まれないと言うのだ。

「子どもにサッカーをやらせたいので、親子で台湾のトップリーグの試合を見に行った友人がいます。結果どうなったか。(環境の悪さに)子どもは二度とサッカーを見たくないと言ったそうです」

石明謹氏(右)と筆者(筆者提供)

これを聞いたとき、僕はふと数年前に今井敏明さんを取材したときのことを思い出した。今井さんはFC東京の前身である東京ガスや川崎フロンターレの監督を歴任した後、台湾代表の監督も務めたことがある。その今井さんに台湾サッカーの印象を尋ねたところ、こんなことを言っていたのを覚えている。

「とにかくプレー環境のひどさにびっくりしました。トップリーグの試合会場が河川敷の草サッカー場なのです。ディフェンスが大きくクリアすると、ボールがそのまま川に落ちてしまったりして」

これでは見ていても楽しくない。子どもに夢を与えるなんて夢のまた夢である。

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木下 諄一KINOSHITA Junichi経歴・執筆一覧を見る

小説家、エッセイスト。1961年生まれ。東京経済大学卒業。商社勤務、会社経営を経て台湾に渡り、台湾観光協会発行の『台湾観光月刊』編集長を8年間務める。2011年、中国語で執筆した小説『蒲公英之絮』(印刻文学出版、2011年)が外国人として初めて、第11回台北文学賞を受賞。著書に『随筆台湾日子』(木馬文化出版、2013年)、『記憶中的影』(允晨文化出版、2020年)、『阿里阿多謝謝』(時報文化出版、2022年)、日本語の小説に『アリガト謝謝』(講談社、2017年)などがある。フェイスブックとYouTubeチャンネル『超級爺爺Super G』を開設。

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