ふるさとはどこですか?——テレサ・テンと福島県三島町

暮らし

平野 久美子 【Profile】

ふるさとの喪失と創生

1960年代から、全国津々浦々に押し寄せた高度成長の波がきっかけとなり、ふるさとの景色も生活も激変し、今では地方の暮らしぶりも東京と大して変わらなくなっている。民話の世界に登場するようなかやぶきの民家や里山が残るふるさとを持つ日本人は、ごく少数派だろう。その意味で、日本人はふるさとを喪失した。だから、アジア各国の農村に出掛けると、ふるさとの原風景に出会ったようなデジャビュ(既視感)の感覚を覚える。懐かしい風景の中で住民たちが歓待してくれると、さらに癒やされてしまう。「いつでも帰っておいで」と、待っていてくれる人々や自然は、小さい頃、母親にしっかりと抱かれた安心感と幸福感に通じる。それこそがふるさとの魅力なのだ。

只見川の清流(平野 久美子氏撮影)

74年に日本デビューを果たしてから、精いっぱいチャレンジをしていたテレサにとって、新曲『ふるさとはどこですか』のキャンペーンで訪れた三島町は、日本へ来て初めての安らぎや温かな人情を味わった場所だったろう。彼女がその後もこの町をどれだけ覚えていたかは分からないが、少なくとも町民は、アジアの歌姫が自分たちの町を訪れ、短い間でも心から楽しみ和んでくれた様子に、満足感と誇りを覚えたと思う。

テレサ・テンの思い出だけでなく、「桐の里」を掲げる三島町の下駄(げた)と箪笥(たんす)、そしてつる細工などの手工芸品と台湾の工芸を結び、アジア共通の手仕事を軸に、ふるさと運動を改めて展開したいと町長は話す。幸い、『鄧麗君文教基金会』も前向きに検討してくれているようだ。三島町のふるさとプロジェクトは、インバウンドの観光客だけでなく、2011年の東日本大震災によって、ふるさとの大切さを実感した私たち日本人にとっても意味がある。心のふるさとプロジェクトの成功を、ふるさとのない私は切に祈っている。

バナー写真=町民との記念写真(福島県三島町役場提供)

この記事につけられたキーワード

東日本大震災 中国 福島 台湾 香港

平野 久美子HIRANO Kumiko経歴・執筆一覧を見る

ノンフィクション作家。出版社勤務を経て文筆活動開始。アジアンティー愛好家。2000年、『淡淡有情』で小学館ノンフィクション大賞受賞。アジア各国から題材を選ぶと共に、台湾の日本統治時代についても関心が高い。著書に『テレサ・テンが見た夢 華人歌星伝説』(筑摩書房)、『トオサンの桜・散りゆく台湾の中の日本』(小学館)、『水の奇跡を呼んだ男』(産経新聞出版、農業農村工学会著作賞)、『牡丹社事件・マブイの行方』(集広舎)など。
website: http://www.hilanokumiko.jp/

このシリーズの他の記事