台湾の若者で「注音符号」が愛されているわけ

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台湾社会の多様性を表す試金石に

しかし、注音符号がこれから漢字に取って代わって国字として台湾社会の中で地位を築くのかと言えば、それは難しいと言わざるを得ない。

まず、注音符号は漢字の一部、あるいは全部で音を表記するのに特化した文字のため、一字でさまざまな意味を含む漢字と違い、そこに含まれる情報量は圧倒的に少ない。そのため文章は長尺化し、それまで漢字の短尺化に慣れ親しんだ人々にとって、読み書きの点でかなりの負担になる。また、例えば文章の全てを「仮名」で表記するように、全てを注音符号で表記すれば、漢字に慣れ親しんだ社会ではとにかく読みにくいと感じ、情報伝達の面で混乱が生じることは容易に想像できる。

次に、「の」を表現方法の一つとして長らく用いてきた台湾人の表現感覚から考えた際、一つの文字(漢字)による表現方法よりも多少、ローマ字や「仮名」が入った混ぜ書きの方がカッコ良く感じるようだ。しかし、これらはあくまでも表現方法の手段であって、他の文字に完全に乗り換えるということではない。日本で、平仮名、片仮名、漢字、ローマ字などを一つの文章内で用いるように、台湾でも、漢字、ローマ字、「仮名」と共に、注音符号が正式に列に加わったと見るべきである。

また、日本で漢字使用の全廃(あるいはローマ字への完全な乗り換え)が提唱はされても実際にはそうならなかったように、台湾でも漢字使用の全廃はないと考えられる。文字は情報伝達における機能がまず優先され、それを満足した上で、美しさを求めるステージに入る。漢字は注音符号に比べバラエティーに富んでおり、美しさでもかなうものではない。今後、注音符号がもっと広範に使用されることはあっても、文章の根幹を成す漢字がなくなることは考えられない。

もう一つ、一般的に「台湾華語」と呼ばれる台湾発の外国人向け中国語教育で注音符号を堅持することは、ローマ字の「ピンイン」で発音を学ぶ中国発の中国語より負担が多いことを意味する。注音符号は、いくら100年の歴史があって発音を正しく表記できるとは言え、外国人学習者や台湾華語の国際化にとって、必ずしも有益とは言えない。

では、注音符号重視の流れはどこまで広がるのだろうか。

台湾アイデンティティーを重視する若者の間で注音符号が愛着を持って使用されている現在の状況から考えると、今後、この世代が台湾社会の中枢になる頃には、社会で注音符号を目にする機会はもっと増えるのかもしれない。また、台湾社会が新移民に代表される他民族や彼らの言葉をどんどん受け入れている中で、多様化の度合いはますます加速している。

台湾の若者の注音符号への愛着とそこにある思いは、台湾アイデンティティーだけの問題にとどまらず、台湾社会の多様性を表したものとして、今後も注目していきたい。

文=nippon.com編集部 高橋 郁文

バナー写真=「注音符号」が振られた新聞や書籍で「台湾華語」を学ぶ(撮影:高橋郁文)

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