九份、このままではいけない

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一青 妙 【Profile】

「半日観光」では九份の醍醐味を体験できない

いま、2度目の春を迎えている九份だが、もともとは“金の鉱山であった”ことを、一体どれくらいの人たちが認識しているだろうか。

台湾を代表する観光地でありながら、観光のための整備が足らず、著しく遅れているように思う。今年のゴールデンウィーク中にも訪問客が混雑で立ち往生したことがニュースになった。特に交通問題は深刻だ。九份までの山道は細く、大型のバスが鉢合わせすればたちまち交通渋滞が起きてしまう。駐車場も不十分な数しかなく、休日にもなれば、私有地を駐車スペースとして貸し出す人が後を絶たない。

大型の宿泊施設もない。九份は夕暮れから夜にかけての景色に醍醐味(だいごみ)がある。夕日であかね色に染まる山々と、黄金色に輝き始める海が重なり合う様は、一幅の上質な絵画を眺めているような穏やかな気持ちになる。漆黒の暗闇に包まれる街の赤ちょうちんに灯がともり、かつて金鉱の街として栄えていたころのにぎやかな歌声や、笑い声が聞こえてきそうなムードに覆われる。見下ろす漁港には、気持ち良さそうに、漁船のあかりがゆったりとプカプカ動いている。明け方の九份は、朝靄(あさもや)とともに、幻想的で静寂に包まれた別世界が現れる。

九份の夜景(撮影:一青 妙)

しかし、九份は「半日観光」が、いつのころからお決まりのコースとなっており、夜の九份を楽しんでもらうすべがない。夜を過ごさなければ知り得ない九份の姿があるのに、ほとんどの人が大混雑の商店街を必死な思いで歩いて、疲れ果てて台北に戻るのであるから本当にもったいない。

こんな九份だから、外国人の人気とは裏腹に、台湾人の友人たちの間では「九份のどこが面白いの?」「行っても何もない」「日本の友達を案内するときだけ行く」と言われるほど、あまり人気がない。

歴史遺産として価値を高めた「金瓜石」

一方、同じ金山として一時代を築き上げた隣街の「金瓜石」はだいぶ様子が違う。「黄金博物園区」があり、坑道の一部に入坑したり、採金体験をしたりすることができ、金瓜石がかつて金山だったことが存分に理解できる。

日本統治時代の建物や神社、街並み全体が保存されているので、当時の様子に思いをはせ、歴史の勉強にも役立つ。商店もあるが、九份のように騒がしくない。かつての精錬所であった13層遺跡もあり、金瓜石にはそこでなければ体験できない特別な魅力がある。

九份の方が有名かもしれないが、観光地としては金瓜石の方がずっと価値がある。九份はブームが去れば、あっさりと忘れ去られてしまいかねない。

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一青 妙HITOTO Tae経歴・執筆一覧を見る

女優・歯科医・作家。台湾人の父と、日本人の母との間に生まれる。幼少期を台湾で過ごし11歳から日本で生活。家族や台湾をテーマにエッセイを多数執筆し、著書に『ママ、ごはんまだ?』『私の箱子』『私の台南』『環島〜ぐるっと台湾一周の旅』などがある。台南市親善大使、石川県中能登町観光大使。『ママ、ごはんまだ?』を原作にした同名の日台合作映画が上映され、2019年3月、『私の箱子』を原作にした舞台が台湾で上演、本人も出演した。ブログ「妙的日記」やX(旧ツイッター)からも発信中。

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