『BRUTUS』台湾特集、なぜ人気?—— 西田善太『BRUTUS』編集長 ✕ エッセイスト・一青妙対談

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情報誌『BRUTUS』の台湾特集号の増補改訂版が3月15日に出版され、再び大きな話題を呼んでいる。昨年7月に発売された台湾特集号は完売店が続出するほど異例の大ヒットとなり、台湾政府からの台湾観光貢献賞も受賞した。さらに増ページした増補改訂版では、新たに震災に遭った花蓮などの情報も加えている。台湾で大きな賛否両論の議論を呼んだ台南・国華街の表紙は、今度は夜の景色となって再登場している。『BRUTUS』西田善太編集長と、台南市親善大使でnippon.comコラムニストの一青妙氏が対談し、『BRUTUS』台湾特集の全てを語り尽くした。

8万部の台湾特集号は完売

一青妙  情報誌『BRUTUS』が今回、台湾特集の増補改訂版を出されることは、改めて、台湾でもとても話題になっています。昨年の台湾特集号は、内容の良さに加えて、台南の国華街を扱った表紙について、台湾で賛否両論の議論も起きました。国華街のような雑多で人情味あふれる部分も、台湾にとっては重要な魅力であるということを伝える原稿を私もnippon.comに書きました。西田善太編集長に伺いますが、今回、どのような理由で、台湾特集号の増補改訂版を出されることになったのでしょうか。

西田善太  『BRUTUS』は隔週発売です。2週間で次の特集が発売されるので月刊誌やムックと違って、あまり増刷はしません。ただ、台湾特集号はとてもうまくいって、予想を超えて売れたので、8万部刷った台湾特集号は完売し、すぐ品切れになってしまいました。今ネットの古本で定価約800円が1300円や1500円ぐらいで売られています。これだけ世の中に読みたいという需要があると、ムック(増補改訂版)として出すのがぼくらのやり方です。スタッフがぜひ企画を足したいということだったので、もともとの台北、台中、台南、台東、高雄に加え、太魯閣・花蓮・墾丁などを取材した20ページを足して、全体もアップデートし、特集の分量的には、最初の号に比べて大体3割増になっています。増補改訂版は5万部印刷しています。

最初の号もそうですが、本の中のQRコードによってスマホで地図が見られるように凸版印刷と組んで作っており、かなり使えるガイドになっていると思います。

『BRUTUS』編集部で対談を行う(撮影:野嶋 剛)

国華街を表紙に選んだわけ

一青  台湾の人たちに『BRUTUS』の台湾特集号の表紙が、大変注目されたのは確かです。台湾特集号を作るとなったとき、最初から、表紙はあの台南の国華街を取り上げると決めていましたか。

一青妙氏(撮影:野嶋 剛)

西田  そうではありません。『BRUTUS』の海外特集は、もともと都市を基本にしています。ニューヨークやロンドン、東京という都市を過去にも取り上げており、その表紙には各地にある「タワー」を載せてきました。しかし、この特集号ではその方針を変え、台北一都市ではなく台湾全体を取り上げました。台湾の風土や文化は南北や東西の違いも大きく、台湾のいいところを全て紹介したかったのです。

もちろん、台北の101ビルを表紙にするアイデアもあったのですが、それだと台北だけの特集のように見えてしまう。また、夜市の雑踏の光景も候補にはありましたが、女性誌の台湾特集と同じ雰囲気になってしまう。そこで、ストリートを表紙にしました。国華街の写真も、空間が上に抜けていく風景という意味では、他の都市の表紙の構図とは同じなのです。国華街の写真は、天気の関係もあり、3回撮り直してもらいました。増補改訂版用では改めて、夜の国華街を撮り直しました。もちろん、最初は表紙を巡ってあんな騒ぎになるとは全く思っていませんでしたから、大変驚きましたが(笑)。

中西剛担当編集(左)と西田善太編集長(右)(撮影:野嶋 剛)

一青  台南の人たちは国華街が表紙になったことを喜んでいましたね。普段、台南の人は台北にコンプレックスがあり、台北のことを偉い人々が住む土地という意味で「天龍国」と呼んでいるぐらいです。ですから『BRUTUS』の特集の表紙で、台南を取り上げてもらって自信になったと思います。一方、台南以外の人たちで反発の声があったのは、もともと台湾の人たちは日本が清潔な国だと思っているので、ああいう雑多なものを『BRUTUS』で取り上げられたことで、隠していたものを外に見せられてしまったという恥ずかしさがあったと思います。何しろ、台湾で『BRUTUS』はおしゃれなカフェなどに置いてあるステータスの高い雑誌という位置付けですから、その分、反響も大きかったのだと思います。

また、今回の増補改訂版で大変面白かったのは、表紙騒動の中で話題になった「BPUTUS」という表紙作成アプリで作られたありとあらゆる表紙が、巻末の2ページにわたって、びっしり貼り付けられていたことです。
このページ、実は今回の増補版で、表紙の次に台湾人が大注目したページなんです。私の台湾の友人たちはみんな大感激して、中国語で「超酷了!(かっこいい!)」と絶賛し、逆に感謝していました。遊び半分で作ったものが、まさかあのような形で掲載されるとは思ってなく、意表をつかれた感じで、台湾のみなさんも興奮したんでしょうね。

西田  雑誌は表紙も大事だけれど、やっぱり中身で勝負したい。ですから、表紙の問題についてはあまり議論に火をつけたいと思わないんです。大きく議論されるとき、メディアの取材は朝日新聞だけ、引き受けました。本来の中身にスポットライトが当たらないのは好ましくないからです。ただ、あの騒ぎの中で、このアプリは、とてもほほ笑ましかったし、気持ちが救われました。雑誌にとって、表紙をいじられるのはあまりうれしくないことなんだけれど、ユーモアで返してくれたというのは楽しかった。台湾の皆さんが遊びに乗ってくれたわけだから、こちらも気持ちを示さないといけません。アプリを作った人に許可を取って巻末に見開きで「BPUTUS」のさまざまな表紙を掲載しました。1冊の雑誌でこれだけの表紙ができたのは前代未聞で、とても痛快だったので、「ありがとう(謝謝)」というコメントを付つけました。

巻末に見開きに「BPUTUS」のさまざまな表紙を掲載(撮影:野嶋 剛)

花蓮と墾丁を加えて台湾全体の魅力を伝える

一青  今回の増補改訂版には花蓮や墾丁が新しい内容として追加されています。地震で打撃を受けた花蓮や、現在、観光客が減っている墾丁を励まそうと考えたのでしょうか。

西田善太編集長(撮影:野嶋 剛)

西田  追加の都市は地震の前に取材していましたが、地震が起きてから発売日を2週間ほどずらしました。2月26日発売を3月15日に。花蓮について何か加えるかどうかの判断をするためです。ただ、その後、地震の影響は収まっているのに、風評被害がひどいという話を観光局の方から聞いたので、あえて増補改訂版の中では地震については語らないでいます。地震のことを忘れた頃にこれを読んで花蓮に行こうという人もいるはずですからね。基本的には、日本人がまた台湾に行こう、花蓮に行こうという内容になればいいと思っています。ただ、取材したお店などに連絡がつかないこともあって心配しました。墾丁については、このシリーズでは都市中心ですが、「台湾はどこに行っても全部面白い」というのは基本なので、自然が美しい墾丁も入れてみたいと思いました。

台湾との縁は「ラリーニッポン」の台湾一周

一青  私も台湾の各地を日本に知ってもらいたいというのは大賛成で、これまでも台南や台湾の東海岸、それから「環島」について書いた本も出版しています。台湾の魅力は、台北への2泊3日だけでは伝わらない、各地をもっと日本の人に回ってほしいと思っているからです。西田編集長と台湾のご縁はどのあたりからでしょうか。

西田  台北は何度も行っていましたが、1年半ぐらい前に、クラシックカーラリー「ラリーニッポン」のイベントに呼ばれてMGBという古いクラシックカーに乗って台湾を一周しました。100台近いクラシックカーが台湾を4日かけて一周するラリーです。僕らのMGBは本当によく故障する車で(笑)、1日1回、致命的な壊れ方をするんですが、そのたびに、どんな都市でも町の人々がわらわらと集まってきて、何時間でも根気よく修理に付き合ってくれたんです。工具を持ってきたり、部品を探してきてくれたり。期せずして、台湾の人たちの優しさとか人の良さに毎日触れることができました。

そういう経験もあって、特集で台湾の良さ全部を伝えられたらと考えました。見尽くして、網羅して魅力のある場所を選び抜いたのが今回の特集です。

個人的には、花蓮が一番いい。出会いがドラマチックだったんですよ。車で夜に到着し、暗闇の中に浮かぶタロコ渓谷の坂を車で上ってホテルに泊まりました。ゴツゴツした山が迫ってくるので、すごく怖かった。ところが翌朝、朝の光の中では打って変って美しい景色!山を下りながら感動しました。ホテルでは先住民の人たちが歓迎のダンスを披露してくれて、とても人間業とは思えない激しい踊りも見られて、楽しい体験をさせてもらいました。

台湾通の友達が教えてくれるような情報を紹介

一青  最近は台湾への旅行ブームもあって、台湾特集はいろいろな雑誌でもやっています。『BRUTUS』は男性誌だからこそできる視点という部分は意識しましたか。

西田  これまで男性向けの台湾本の決定版がありませでんした。かわいい場所やエステスポットではない台湾の紹介をやってみようと思いました。私たちの雑誌は、初めて行く台湾ではなく、2回目、3回目の台湾、という気がしますね。もうちょっと奥まで行ってみようという人たち向けに作っています。ですから、同じページの中に、美術館も食べ物も観光地も入れました。

1本1本の記事のボリュームは小さいけれど、下調べをしたうえで、現地に行ってさらに流行をどんどん取り入れた内容にして、ネット的なスピード感が出るように心掛けました。現地には台北に3チーム、台中、台南、台東に3チームの6チームの取材陣を派遣しています。

普通のガイドブックでは、例えば小籠包の店を20軒紹介したりすることがありますが、普通はそんなにたくさんの店には行けません。おいしい小籠包を20軒出すより、必ず間違いない3軒を出したかった。台湾へ行くとき、台湾通の友達に声掛けていくと、いろいろ教えてくれますよね。それに勝る旅情報はありません。そういう情報を集めたつもりです。

一青妙氏と西田善太編集長(撮影:野嶋 剛)

バナー写真=西田善太『BRUTUS』編集長(右)と作家の一青妙氏(左)(撮影:野嶋 剛)

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