日本人女優を起用した避妊具の台湾広告に私が違和感を抱いた理由
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近所のスーパーで買い物をしていたとき、レジ近くで気になるものを見て思わず立ち止まった。英国発で、世界的シェアを持つ「デュレックス(Durex)」の男性用避妊具が棚に並べられ、その上には近年台湾で活躍している日本人女優の大久保麻梨子氏が、肩を出した白いドレスを着てほほ笑みながら男性用避妊具の箱を片手に、「本物の感触で解いてあげる」というようなキャッチコピーが添えられていた。
大久保氏は元々、日本のグラビアアイドルとしてデビューしたが、現在は台湾で活躍する女優で、2017年初旬に台湾人男性と国際結婚した。筆者も同じく台湾人男性と国際結婚したので大久保氏の活躍をいつもうれしく見ていたし、今も応援している。それだけに、今回この広告を見て感じた違和感を整理したいと思う。
台湾人にとっての重層的な意味合いを持つ「日本女性」
台湾における「日本女性」は、重層的な意味合いを持った存在である。
第一に、かつて台湾の名門と呼ばれる家や富裕層には、日本人が嫁いだ例が多かった。理由は、戦前に日本統治下にあった台湾で、富裕層の子弟は日本へ留学することが多く、その際に出会った日本人を結婚相手として迎え入れてきた例が多くあり、「日本女性は淑女」というイメージができ上がった。実際、2017年に華人世界のアカデミー賞と呼ばれる金馬奨で、賞を総なめにし、興行的にも成功した話題作「血観音」の中で、品の良い台湾人銀行家の日本人妻を、同じく大久保氏が演じている。
第二に、料理や家事に長(た)け、静かで夫に尽くす服従的なイメージがある。私も台湾人の知人から「旦那さんがお酒を飲んで遅くに帰ってきたら、日本人女性は必ず夜食を作ってあげるって本当?」「お風呂で必ず旦那さんの背中を流してあげるって本当?」と真顔で聞かれたことが何度もあった。
第三に、台湾人男性の多くが「日本人女性」と聞いてまず思い浮かべる事に「アダルトビデオ」がある。台湾では基本的にアダルトビデオの発売や上映は法律で禁止されているが、その代わり日本からの海賊版が大量に出回っている。台湾人男性が成長過程で性的コンテンツに興味を持つようになったころ、最初に出会うのが日本人女性の演じるアダルトビデオということは多い。かつては飯島愛氏や白石ひとみ氏、最近では波多野結衣氏らセクシー女優がその存在感を示してきた。これは何も台湾だけに限られたことではなく、中国でも蒼井そら氏が絶大な人気を誇るのはよく知られているし、韓国やタイでも日本の性的コンテンツは非常に人気がある。
日本女性に対する一方的なイメージ
これら三つの要素と、商品が男性用避妊具というのを総合し、大久保氏の件(くだん)の広告から「淑女・優しい・性的な奉仕」など、前封建的な社会下における理想の女性像を思わせるメッセージを受け取ったことが、私が不快感を覚えた理由と思い当たった。自分や周りを見ても日本女性の在り方は多種多様で、そうした限定的なイメージを持たれるのは心外だし、また台湾の男性がそうした価値観を良しとするかのようなメッセージがこの広告に含まれているとすれば、台湾の女性に対しても失礼だと感じる。
実際、周囲にこの広告の感想を問うたところ、「職場の同僚に以前『日本から帰ってきた人妻って聞くと、なんかアダルトビデオを思い出す』と言われ非常に腹が立った」という女性や、「日本に留学すると言ったら『アダルトビデオがどこでも買えていいね』とからかわれた」男性など、不愉快な思い出を連想したことを話してくれた台湾人の友人もいた。
時として驚くほど保守的な台湾社会
近年の統計を見ると、台湾におけるエイズウイルス(HIV)など性感染症の感染者数の増加率は日本に比べても高い。そこで、インパクトのある広告で若者に避妊具使用を周知する必要があるのは理解できる。しかし、だからといって性的なイメージがすでに備わっているという理由で日本人女性を起用することに、目をつぶってもよいとは思わない。
大久保氏がこの商品の広告タレントとして起用されたのは、2017年の初め頃である。大久保氏のフェイスブックを見ると、男性用避妊具使用の重要性を明るく訴えていて、性的というよりむしろ、健康的な感じがして好感を持てた。だからといって、大久保氏もまた「日本女性」という属性から自由ではない。受け手にインパクトを与えたいならば、むしろ台湾人スターの女優・モデル・歌手を起用した方が若い世代への訴求力は大きいように思う。台湾はアジアで初の同性婚合法化を獲得するような進歩性を持つ反面、社会には驚くほど保守的なところがある。そうした中で、避妊具の広告塔になるのは台湾女性スターにとってはリスクが大きいところを、日本人タレントが体よく使われているような印象を、私は持ってしまった。
さらに違和感を感じたのは、大久保氏がセクシータレントではなく、一般女優というところだ。日本人女性という一元的なくくりのために、セクシー女優やセックスワーカーのプロフェッショナルとしての仕事が尊重されなくなる恐れがあるし、今後台湾で活動する日本人女性タレントへの影響も懸念される。またそうした女性の個を軽視する無意識が、ひいては昨今、日本で社会問題化しているアダルトビデオ出演強要などの人権問題と、根っこでつながっているようにも思う。同じく避妊具ブランド「Durex」の中国の広告には、さらにあからさまなものがある。起用されている中国人モデルが、スクール水着を着て座っており、「kawaii―make me sexy 」 といった言葉が添えられ、明らかに日本人女性に付随するゆがんだ性的イメージが意図的に投影されている。台湾の広告の作り手が、そういったことをどれだけ意識したかは分からないが、もし無自覚で作っているならば、問題の根は余計に深いと思う。
安易な発想に頼らない広告作りが大切
広告とは「記号」でできている。「どういう商品が」「いつ」「誰が」「どんなシチュエーションで」「どういう風に使われるか」の要素を組み合わせ、短時間で消費者にメッセージを伝える。
欧米では、こういった広告における記号性にはとても敏感だ。「ポリティカル・コレクトネス」(政治的な正しさ)と呼ばれ、広告が誰かの人権や尊厳を侵害するようなメッセージを伝えていないかどうかが、議論の対象となった長い歴史がある。そのため近年の欧米を見れば、男性用避妊具の広告に女性を登場させるものはあまりない。なぜなら、男性用避妊具とは男性が装着するものであり、それを使用する対象も女性であるとは限らない。また、よしんば女性としたところで、女性の人種などの属性によって、間違ったメッセージを伝えてしまう恐れがあるからだ。
その反面、優れたクリエイティビティを感じる商業広告も多数生み出されている。例えば、ポスターの真ん中に銃弾のみが置かれた広告は、「生身の男性器は、銃弾と同じぐらいに危険である」という明確なメッセージを伝える。安易な発想に頼らないぶん、想像力と創造性が要求されることが、広告業界の質の向上につながってもいる。
日本でも、1990年代に作られたHIV予防啓発ポスターには、差別的なものが多数あった。一例を挙げると、当時は性的なイメージの強かった外国人女性労働者を想起させるイメージに、男性用避妊具が覆いかぶさっているといったものがある。そんな当時の現状に危機感を覚えた京都のアートスクールの学生たちによって、従来とは全く異なる斬新な発想で、受け手を引きつけるHIV予防啓発運動が起こった過去もある。
こうした視点に立てば、台湾の商業広告業界はまだまだ発展途上にあると言えそうだ。台湾で暮らし始めてもう10年以上になる。その中で台湾社会は大きく進んだと感じる反面、広告表現に関しては、一部の視覚デザインがスタイリッシュになったことを除き、そう進歩しているとは残念ながら思えない。大部分はスターや有名人がほほ笑んでいて、商品がファミリー向けならば、幸せそうな一家の日常に商品が登場するなど、単純で一元的なものが多い。
だからこそ、避妊具のようなデリケートな表現を要求される商品については、特によくよく考え、慎重に制作を進めるべきではないだろうか。日本についても、デリカシーに関わる表現を用いていないか、改めて見直す必要があると思う。
バナー写真撮影:栖来 ひかり