「在日台僑」と「在日華僑」の間で——在日中華民国国籍保持者/台湾出身者をどう位置づけるか

政治・外交

岡野 翔太 【Profile】

在外台湾人と在外中華民国国民の対話へ向けて

親中華民国組織が「中華としての利益」を重視しているとの見方は、2017年5月24日付け『自由時報』の報道でなされていた。

日本において長らく台湾独立運動と台湾本土化を希求してきた在日台湾人団体が連合組織を結成するのに当たり、同紙では「日本の台湾人組織には、大中華主義の団体と台湾を優先する台湾本土意識の団体がある」と報じた。東京には「在日台湾同郷会」と「留日台湾同郷会」という二つの台湾同郷会があるが、同紙では「在日」が台湾本土派で、「留日」が中華主義派であると規定して紹介されていたことに、在日台湾人の一人として筆者は違和感が残る。

これら同郷会は成立した年月と経緯が全く以て異なる。「留日台湾同郷会」は1945年に東京で結成され、その初代会長はかつて「党外」の身分で台北市長を務めた高玉樹氏である。たしかに同会は、国民党専制下で台湾との結び付きを強めた台湾人による同郷組織であった経緯もあろうが、これも台湾人の歴史の一部である。

「在日台湾同郷会」は1973年に王育徳氏が東京で結成した同郷会で、初代会長は台南出身の郭栄桔氏が務めた。同会は、在日台湾人の外国人登録証明書の国籍を「中国」から「台湾」に改める要求を行うなど、在日台湾人の権利・擁護にも務めてきた。

両者には「中華民国」を受け入れるか否かの違いがある。華僑総会も含め「留日」は中華民国国旗を掲げ、一方の「在日」は掲げない。ただ、どの組織も現実に存在する台湾の政府とゆかりがあり、そこには在日台湾人が歩んで来た歴史が刻まれている。

ここで簡単なエピーソードを紹介しよう。1991年にユーゴスラビア社会主義連邦共和国より独立したスロベニア共和国は、この時点で独立国となった訳だが、この地域に生きる人びとはその前も後も海外へ移住する者がいた。40年代初頭スロベニア地域はナチスドイツに侵略された。そして45年以降、スロベニア地域はユーゴスラビアとなり、セルビア語による教育が行われた。これらの時代にスロベニアから海外に出た者およびその末裔(まつえい)と、スロベニア共和国以降に海外に出た者とでは、同じスロベニア人であっても本国に対する見方は異なる。台湾もまたしかりなのである。

行き過ぎる心配かもしれないが、台湾社会が在日台湾人の史的前提を無視し、さらに台湾と結び付いている華僑や中華民国国民の定義に関する煮詰まった議論をせずとして、台湾が彼ら/組織との関係を解消し、切り捨てるようなことになれば、かえって今まで台湾の身内であった者とも疎遠になりかねない。それは海外における台湾の居場所をより縮小させるだろう。

中華民国国籍法では父母両系血統主義が採用され、さらに重国籍が認められている。例えば在外中華民国国民が日本のような出生主義の国籍法を採用しない国で暮らし、その者が日本国籍保持者以外と結婚した場合、その子には中華民国国籍が継承される。かつての台湾人が脱植民地化の過程で歩んで来たように、台湾と地縁のない在外中華民国国民が突如として国籍や身分を剥奪され、根無し草になってしまわないよう願うばかりである。

バナー写真撮影:岡野 翔太

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大阪大学人間科学研究科博士課程。台湾名は葉翔太。1990年兵庫県神戸市生まれ。1980年代に来日した台湾人の父と日本人の母の間に生まれたハーフ。小学校、中学校は日本の華僑学校に進む。専攻は華僑華人学、台湾現代史、中国近現代史。著書に『交差する台湾認識-見え隠れする「国家」と「人びと」』(勉誠出版、2016年)。

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