台湾美術の「恩人」石川欽一郎の絵が90年ぶりに「奇跡の発見」

文化

野嶋 剛 【Profile】

「台湾愛」にあふれた数々の作品

石川は、いつも教え子たちを、台湾の地方各地にスケッチに連れて行っていた。石川が感動を覚えて描こうとするのは、台湾の若者たちにとっては日常的にいつも見ているありふれた景色や建物だった。それを石川が「美しい」といって作品にしたことは、若者たちは大きな衝撃だったらしい。

そのため、石川は、台湾において西洋美術の最初の普及者というだけでなく、台湾人に自分たちの暮らす土地の美しさへの自覚を促したとも評価されている。台湾アイデンティティーの萌芽(ほうが)がこの時期に石川によって美術界や教育界にもたらされたと見るのは、いささか飛躍し過ぎかもしれない。それでも、石川の描き出す美しい各地の水彩画は「台湾の価値」に対する外の目からの承認であり、励ましであったことは、容易に想像がつく。

展示されている石川の水彩画をじっくり見た。よく知られた『台湾総督府』『次高山』『劍潭寺』『台灣基隆海岸』『台北松山米粉工廠』『景美』『台南後巷』など、台湾の名所や風景を、くまなく歩き、その繊細な水彩画として残している。石川の台湾への深い愛情と友情を感じないわけにはいかない。

石川欽一郎の『台湾総督府』(撮影:野嶋 剛)

『河畔』は展示会場の中で、最も目立つ真ん中に飾られている。今、この作品は、周家からコレクターの手に渡っているため、この機会を逃せば、いつお目にかかれるか分からない。

『河畔』(提供:国立台北教育大学北師美術館)

石川は、日本が台湾を失うのとほぼ同時に、この世を去った。まるで台湾に別れを告げるような死に方だった。しかし、石川が残した「台湾愛」に支えられた作品は、なお生命力を持って輝いている。そんな深い感動を与えてくれる展覧会は来年1月7日まで、国立台北教育大学北師美術館で開催されている。

展示には、黒田清輝、藤島武二、清水登之、児島善三郎、梅原龍三郎など、日本の近代絵画の巨匠たちの作品もずらりとそろっている。日本と台湾の芸術の交流に関心がある方々には、ぜひとも足を運んでほしい。

バナー写真=90年ぶりに発見された石川欽一郎の『河畔』と林曼麗さん(撮影:野嶋 剛)

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ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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