台湾も日本も、都市に暮らす30代はみな孤独——日本公開の『52Hzのラヴソング』魏徳聖監督が語る新作の魅力

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野嶋 剛 【Profile】

「魏徳聖ファミリー」が大集合する映画

この作品は、台湾映画市場に名を残す伝説的作品となった魏徳聖の出世作『海角七号』からちょうど10年という歳月を経て制作された。映画では、懐かしい『海角七号』の主役たちも脇役として登場する。

魏徳聖は最初、彼らを主演として、10年後の彼らの姿を描くことを検討したが、断念した。

「もともとは、彼らに演じてもらいたかった。でも、みんな本当に40歳以上になってしまったので、新しい人たちに機会を与えようと計画を変えたのです。最後のレストランのシーンに、みんな出てきてもらいました」

范逸臣、馬念先、應蔚民、民雄、田中千絵ら『海角七号』のメンバーの他、主演の一人は『KANO』で主題歌を歌った先住民歌手のスミン。『セデック・バレ』で圧倒的な存在感を示した林慶台も、重要な役割を演じるチョコレート職人として登場しており、まさに魏徳聖ファミリーの映画でもある。

『海角七号』のメンバー (C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

過去の作品はいずれも台湾のみならず、日本でも好成績を収めた。日本人にどうして自分の作品が愛されるのか?

魏徳聖は、こんな風に見ている。

「日本の観客は当然、日本に関係した題材なので興味を持つのは分かります。さらに、私の歴史解釈の方法が、善人と悪人を意識的にあえて分けないで、そのまま公平に描こうとしているからではないでしょうか。私は意識的に、日本を美しくも、醜くも、描こうとはしていません。ハリウッド映画や中国、香港映画のように、日本人は全員悪人、ではないのです。なぜ、彼や彼女はあのように行動したのか、ということを私は問うているのです。もちろん私でも答えが出ないものもあります。特に『セデック・バレ』。死んだ方がいいと思うぐらい悩んで苦しみ、それでも結論が出ないものもありました」

田中千絵さん (C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

魏徳聖は、常に過去の自分をどうやって乗り越えるのかを考えている監督だ。だから、新しい作品はいつも前の作品のイメージを記憶に残している観客の期待を裏切ることになる。次回作は、清(しん)朝による台湾統治が始まる前の台湾の歴史ものだという。しかも三部作。どんな作品になるのだろうか。まずは今年のクリスマスに『52Hz』を楽しみながら、じっくり待ちたい。

バナー写真=(C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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