台湾も日本も、都市に暮らす30代はみな孤独——日本公開の『52Hzのラヴソング』魏徳聖監督が語る新作の魅力

文化 Cinema

野嶋 剛 【Profile】

30代を励ましたい

52Hzという高い周波数で鳴く、世界に1匹しかないとされる実在するクジラがいる。このクジラの別名は「世界で最も孤独なクジラ」。その孤独なクジラをヒントにしたミュージカル映画で、17曲のオリジナルソングが流れる。明るく楽しめる作品のタイプとしては『海角七号』に近いようにも思える。その意味では「原点回帰」という要素もあるのだろうか。

撮影:野嶋 剛

「『海角七号』は、都市から故郷に戻った若者が愛情と信じるものを見いだすストーリーでした。この映画は、都市に生きる孤独な人たちが、どうやって愛情を見つけるのか、決して一人ではないことを信じられるようになるのか、考えてもらいたいと思って撮りました」

実は、バレンタインデーの1日に起きたことをテーマにした作品を撮るというアイデアは、昔から魏徳聖の頭の中にあった。それは自分の体験に根差す。理解する鍵は「30代の難しさ」にある。主人公たちは皆おおよそ30代。恋愛に恵まれず、仕事もいまいち。夢はあるけど、壁にぶつかっている。

「今の我々の社会では、30代が一番悲惨な世代なんです。ケアが必要なのに、もっとも関心が持たれていないグループでもあり、彼らは無力さを感じています。夢も希望もあるけれど、愛情が十分ではなく、心が傷ついて、孤独の中にいる。彼らを励ましたいと思って撮った映画です」

(C)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

魏徳聖も「私自身も、30歳から40歳にかけてが一番つらかった」と振り返る。

「能力があるのにチャンスがない。つらい時代でした。個人会社を開いたけど仕事はなくて、妻は銀行で働いてぼくを養ってくれていた。けんかもたくさんした。私は映画の中の歌手の『大河』(スミン飾)でした。ロマンチック過ぎる男性と、現実的な女性。芸能界、映画館はそんな人ばかりです。友人の映画監督の楊力州も同じで、奥さんと映画を見に行ったら、奥さんがずっと泣きっぱなしで困っていたと笑っていました。30代の苦しさは日本もそうですよね」

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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