知られざる日本史——皇太子「台湾行啓」をたどる

文化

片倉 佳史 【Profile】

貴賓車は今も残されている

台湾行啓では特別列車が仕立てられた。列車をけん引したのはE500型蒸気機関車と呼ばれたものである。日本では8620形と呼ばれる形式で、台湾には44両、在籍していた。列車は8両編成で(機関車を含まず)、山岳区間となる苗栗~后里間は最後部に補機を増結して勾配に挑んだ。

高雄から屏東に向かう列車(高雄州行啓記念写真帖より)

車両についても、貴賓車と称されるものが用意された。台湾総督府鉄道部には2両の貴賓車が在籍し、皇太子行啓に合わせて新造された「ホトク1」、そして、台湾総督専用の「コトク1」があった。

行啓用に仕立てられた特別列車(新元久氏所蔵)

両客車ともに日本本土から派遣された技師が設計し、用材には紅ヒノキと米国から輸入された松が用いられた。鋼鉄類についても欧米から輸入されたものだった。

車体は紫色に塗られ、側面に菊の紋章がはめ込まれていた。また、台湾南部での暑さを考慮し、当時としては非常に珍しい扇風機が設置されていた。

皇太子用に新造されたホトク1型は1913年3月に完成した。車体長16・4メートルの木造客車で、客室の他、配膳室と従者の控室があり、トイレは洗面台が壁に埋め込まれたスタイルだった。また、車内には明治の画家・川端玉章の蒔絵(まきえ)が掲げられていた。

台湾総督用のコトク1型は1904年10月に完成した。車体長は13・988メートルで、客室の他、食堂、配膳室、洗面室、化粧室、予備室を備えていた。

現在、この2両の貴賓車は台北郊外の七堵操車場に保存されている。専用の車庫が用意されており、その中に並べられている。一般公開されるのは特別イベントの際に限られるが、公開が決まると、決まって申し込みが殺到する。

車齢100年という長さを考えてみると、この客車が原形を保っているのは奇跡に近いと言えよう。特に台湾総督用のコトク1型客車は110年以上の歴史を誇り、その価値は計り知れないものがある。台湾鉄路管理局はこの2両の客車を歴史遺産として扱い、永遠に守っていく予定だという。

台湾では民主化の進行に伴い、冷静でかつ、客観的な評価の下、日本統治時代の半世紀を捉える動きが定着している。皇太子の台湾行啓もまた、台湾史の一部として認識されており、関心は高い。日本人が知らない日本の歴史。台湾で皇太子の足跡を訪ねてみてはいかがだろうか?

バナー写真=台南市の成功大学キャンパスにある皇太子お手植えのガジュマル(撮影:片倉 佳史)

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台湾在住作家、武蔵野大学客員教授。1969年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部在学中に初めて台湾を旅行する。大学卒業後は福武書店(現ベネッセ)に就職。1997年より本格的に台湾で生活。以来、台湾の文化や日本との関わりについての執筆や写真撮影を続けている。分野は、地理、歴史、言語、交通、温泉、トレンドなど多岐にわたるが、特に日本時代の遺構や鉄道への造詣が深い。主な著書に、『古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年 1895―1945』、『台湾に生きている「日本」』(祥伝社)、『台湾に残る日本鉄道遺産―今も息づく日本統治時代の遺構』(交通新聞社)、『台北・歴史建築探訪~日本が遺した建築遺産を歩く』(ウェッジ)、『台湾旅人地図帳』(ウェッジ)、『台湾のトリセツ~地図で読み解く初耳秘話』(昭文社)等。オフィシャルサイト:台湾特捜百貨店~片倉佳史の台湾体験

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