『この世界の片隅に』台湾公開から考える異文化社会との付き合い方

文化

酒井 亨 【Profile】

日本での評判が台湾に伝わる

アニメ映画は、1990年代に社会現象ともなった『新世紀エヴァンゲリオン』をはじめ、子供向けの『ドラえもん』『名探偵コナン』『妖怪ウオッチ』、さらに『ワンピース』などのメジャー作品の劇場版シリーズの中には、興行収入が50億円突破するものもある。だが「オタク向け」と呼ばれる深夜アニメともなると、20億円を超えるものは少なかった。

ところが、そうした「興行収入20億円を超える珍事」が続出する事態が昨年から今年にかけて起こった。その筆頭は『君の名は。』で、台湾はじめアジアや欧米でも上映され、それぞれの国での日本映画トップ、歴代ヒット上位に躍り出た。

このため『この世界の片隅に』が7月28日に台湾で一般上映されると、記録的な興行収入を上げるものとアニメファンの間では期待された。

報道によると、7月8日に台北市で開かれ、監督と主役声優を務めたのんが登壇した先行上映会では、前売り券がすぐに売り切れ、観客の評価はとても高かったようだ。

そもそも映画の台湾向けプロモーションビデオの中で、のんが冒頭に「逐家好,我是NON(タッケー・ホー、ゴアシー・のん」と台湾語であいさつしている。また映画の闇市のシーンで「台湾米」という言葉も出てくるし、主人公・北條(旧姓・浦野)すずの妹すみの声は、母方祖父母が台湾人の潘めぐみが務めたので、台湾ともまんざら関係がないわけではない。何より舞台となった第二次世界大戦中は台湾も「日本」だったのである。

日本では2016年9月9日に関係者向け完成披露試写会が行われ、これを見た友人たちは、すぐにSNSで高評価を伝えていた。11月12日に全国で封切りされると、当初は単館上映で全国63館と少なかったものの、見た人たちも次々SNSで評判を伝えた。みんな泣いて、上映後に拍手が起こる劇場も多かったという。

筆者はそうした評判を半信半疑に眺めていたが、封切りから1週間後、わざわざ福井市まで見に行った。そして涙があふれた。レイトショーから宿に戻ると午前0時過ぎだったが、部屋の中でベッドに横たわっていても、思い出して涙が止まらなかった。結局眠りについたのは午前4時。翌朝予定があったので8時に起きたときには、目にくまができていた。

それから国内では計7回、台湾でも計5回鑑賞した。ネットでも賛辞にあふれていた。それほどの評判であるからして、「親日国家台湾」でも、やはり爆発的なヒットとなるかと思われた。

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金沢学院大学基礎教育機構准教授。1966生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。台湾大学法学研究科修士課程修了。アジアの政治、経済、文化に関する研究に加え、近年は日本のアニメ文化とその影響力について調査している。著書に『アニメが地方を救う! ? - 聖地巡礼の経済効果を考える -』(ワニブックスPLUS新書、2016年)がある。

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