「祖国」はどこか? ——台湾・中国・香港で異なるアイデンティーのコンテクスト

国際

林泉忠 【Profile】

現在の台湾社会における「祖国」アイデンティティー

90年代以降の台湾社会では、「民主化」と「本土化」が交差して進む大きな時代変化の中で、「祖国」認識に巨大な変化が発生した。今日の台湾人の心の中には、おおむね二つの「祖国」が存在する。一つは依然として「中華民国」だ。とはいえ、この「中華民国」については異なる理解がある。すなわち大陸を含むか含まないかである。ひまわり世代(2014年に、馬英九政権が中国とのサービス貿易協定を強引に採択しようとして発生した立法院=国会議場を占拠する反対運動の主体になった、当時の学生を中軸とする世代)の「中華民国」についての認識には「大陸は含まない」との傾向がある。そのロジックでは、「中華民国」とは、純粋な国号にすぎないということになる。現在の台湾社会では大陸の政治と切り離された「台湾」こそを、自らの「祖国」とする見方が主流だ。

筆者も参加した中央研究院社会学研究所が2013年9月に実施した「台湾の社会変遷基本調査第6期第4回調査:国家アイデンティティー・チーム」の調査結果によれば「あなたの祖国はどこですかと尋ねられたら、どのように答えますか?」との質問に対し、表3が示すように台湾人回答者の4分の3以上は、台湾が自分の「祖国」と回答した。その次に多かった「中華民国」とする回答は2割未満、「中国」という比較的曖昧であり回答者によって定義が異なる語で回答した人は3%に満たなかった。さらに興味深いのは「中華人民共和国」が祖国であるとした台湾人は0.1%しかいなかったことだ。この比率は、台湾における「中国出身で台湾人と結婚した人」の人口比率よりさらに小さい。

表3 「中国の台頭・飛躍期」における台湾人の「祖国」観

2013年
台湾 76.7
中華民国 18.1
中国 2.9
中華人民共和国 0.1
その他 2.5
質問の意味が理解できない 1.4
分からない 1.1
回答拒否 6.0

注:質問「あなたの祖国はどこですかと尋ねられたら、どのように答えますか?」
出展:中央研究院社会学研究所が2013年9月に実施した「台湾の社会変遷基本調査第6期第4回調査:国家アイデンティティー・チーム」の調査結果
同調査は18歳以上の台湾人を対象に実施。1952人からの回答を得た。

「中心-辺境」の視点から見て、香港の「祖国観」の変遷は、国家の「中心」による「辺境」への圧力の下で起きたやむを得ない選択であるとするなら、台湾における自らの「祖国化」は、ある種、自主的な「脱辺境化」の現象とも理解できるだろう。

バナー写真=孫文、蒋介石、毛沢東像(撮影:beibaoke、dacchi、wonderland/ PIXTA)

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林泉忠LIM John Chuan-Tiong経歴・執筆一覧を見る

東京大学法学博士。中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学日本研究センター執行委員兼准教授。これまで琉球大学国際関係学国際社会システム学科准教授(政治・国際関係)、東京大学兼任講師、ハーバード大学フェアバンク中国研究センターフルブライト学者、北京大学歴史学科客員教授など。主な研究領域は東アジア国際関係、特に中日台関係、琉球研究、釣魚台(尖閣諸島の台湾側呼称)、両岸三地関係など。主な著作には『「辺境東アジア」の政治アイデンティティー:沖縄・台湾・香港』『中国人とはだれか> 台湾人と香港人の帰属アイデンティティーを展望する』『21世紀の視野の下での台湾研究』(主著者)および学術論文30点あまり。

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