「祖国」はどこか? ——台湾・中国・香港で異なるアイデンティーのコンテクスト

国際

林泉忠 【Profile】

「97前」の香港における「祖国」のコンテクスト

『誰が中国人なのか?台湾人と香港人の帰属アイデンティティーを展望する』

香港においては1997年の返還以前、特に「返還」というテーマがまだ浮上していなかった1980年代以前、香港人の帰属アイデンティティー問題はあまり注目されなかった。香港社会において「祖国」の概念はどちらかと言えば多元的だった。

香港の1世紀半にわたる植民地時代において、英国は香港人の帰属の特殊性をうまく使って中国との関係を処理し、香港で「あなたは大英帝国の民であり臣民である」とする「国民教育」を大規模に展開することはしなかった。そして当時、香港人が学んだのは英語による教育をする学校であり、取得したのは「英国海外領市民旅券」(BDRC、後に英国国民(海外)旅券=BNOに変更)だった。しかし香港人に「私は英国人だ」との意識はほとんど存在しなかった。「祖国」という概念から言えば、英国による香港政庁は教育や社会宣伝を通じての「英国はわれらの祖国」といった同化の意味合いが強い政策を行わず、香港の華人が英国を「祖国」と見なすことはほとんどなかった。

次ページ: 「97後」の香港における「祖国」のコンテクスト

この記事につけられたキーワード

中国 台湾 国際関係 香港

林泉忠LIM John Chuan-Tiong経歴・執筆一覧を見る

東京大学法学博士。中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学日本研究センター執行委員兼准教授。これまで琉球大学国際関係学国際社会システム学科准教授(政治・国際関係)、東京大学兼任講師、ハーバード大学フェアバンク中国研究センターフルブライト学者、北京大学歴史学科客員教授など。主な研究領域は東アジア国際関係、特に中日台関係、琉球研究、釣魚台(尖閣諸島の台湾側呼称)、両岸三地関係など。主な著作には『「辺境東アジア」の政治アイデンティティー:沖縄・台湾・香港』『中国人とはだれか> 台湾人と香港人の帰属アイデンティティーを展望する』『21世紀の視野の下での台湾研究』(主著者)および学術論文30点あまり。

このシリーズの他の記事