台南で3千人の日本人をもてなした檳榔おじさんが語る「日台友好」の心

文化

マルヤン 【Profile】

大丈夫は「だいじょうぶ」にあらず

時がたつにつれ、日本人観光客もどんどん台南にやってきて、一組また一組と私の店を訪れた。気が付けば3000人を超えていた。私と家族の役割はこうだ。彼らの貴重な時間の節約のため、スポットを一つでも多く回り、一つでも多くのご当地グルメを堪能できるよう案内することだった。そして、いつしか「ありがとう」「さよなら」しか言えなかった日本語が、15個も言えるようになった。遠来の客をもてなすために「実戦」で鍛え上げたものだが、たまに意図がうまく伝わらず笑い話になったり、緊張し過ぎて背中が汗でびっしょりになったりすることもあった。

例えばある時、飲み物を「おごる」と伝えようとしたところ、発音が悪くて「おこる」と聞こえたようで、彼らを困惑させたようだった。私も訳が分からなかったが、後で日本語の達人に教えてもらい、ようやく事態を理解した。しかし、時すでに遅し。一行はすでに帰国してしまった。

ところで、日本人は礼儀正しさで有名な民族だ。特に感謝を表すのには、いくつもの言い方がある。長い文ほど丁寧な言い方で、中には11音の長さに達するものあって、日本語初心者の私にとっては、ただただ驚きしかなかった。例えば食事の時、日本人は箸を持った途端、「いただきます」と言って食べ始めた。初めて耳にする言葉に私は意味が分からず、思わず箸を止めた。何のことはない。日本人のテーブルマナーだった。

また、日本人の友人が多くなれば多くなるほど、いろいろなことも起こった。ある日、台南武廟(びょう)に一行を連れて行った際、参拝方法などを簡単な日本語とジェスチャーで解説した。右から入って左から出るべきところを、日本の友人らは逆から出入りしたのだった。そうではないと身ぶり手ぶりで説明したが、彼が入り口の「大丈夫」と書かれた扁額を指して「だいじょうぶ」と読み上げるので、いやいやそれは中国語で「男の中の男」を意味するんだと解説するはめになり、思わず泣きたくなったものだ。

もちろん、感動的な話もある。台南で大地震が起こった際、市内の維冠ビルが倒壊し、世界中にそれが伝わった。私のフェイスブックにも多くの友人が安否の確認メッセージを寄せた。私は一つ一つに自分は大丈夫であること、台南の大部分では無事であることを伝え続けた。すると2日後、店にずっしりと重い小包が届いた。封を開けると、中にはたくさんの電池が入っていた。被災地に届けてほしいと、日本から送ってきたのだ。感動、感動、また感動である。また、日本の駅前広場では、寒さに負けず台南への募金活動が行われていたことも知った。映像で何人ものおじさん、おばさんが募金している姿を見て、冬にも関わらず、何だかポカポカしてきたものだ。

日本からの年賀状やカード(マルヤン氏提供)

日本人の友人が増えたことで、年明けにはいろいろな形の年賀状が届くようになった。通常の一枚紙のはがきから立体的になるカードまで、全部がくじ付きではないけれど、何気ない日常に温かさと刺激をくれた。生まれてこのかた、こんな気持ちになったことはなかった。みなさん、本当にありがとう。文章にするとあっけないけど、一つ一つ心に残っている。

次ページ: 台湾と日本の文化の違い

この記事につけられたキーワード

台湾 台南

マルヤンYANG Maru 経歴・執筆一覧を見る

1965年台湾台南市生まれ。1999年に父が起こした檳榔店を引き継ぎ2代目店長になる。台湾で唯一本も売る檳榔店で、日本人観光客がもっとも訪れる檳榔店でもある。今までに3000人以上の日本人観光客を受け入れ、同時にアマチュアのご当地文化ガイドも兼任している。

このシリーズの他の記事