「トランプの壁」よりも強力?ネット封鎖の「習近平の壁」

政治・外交

古畑 康雄 【Profile】

反日一色だった10年前とは違う

だが、2013年の大規模なネット取り締まりで起きたように本来犯罪行為とは無関係の市民の言論の自由を制限するのは、「ネット主権」に名を借りた言論弾圧である。また外部と情報が断絶されて一方的な情報操作が行われた場合、「壁」の中のネット社会は極端なナショナリズムが広がる無法地帯になる恐れがある。

THAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備の方針に対し、タカ派言論で知られる政府系メディアの「環球時報」は2月28日、韓国を声高に批判した。この結果、各地で反日デモと同じようなデモが起き、ネットには多くの動画が投稿された。例えば微信の「群(グループ)」に3月初めに投稿された動画では「韓国製品を封殺し、棒子(韓国人の蔑称)をボイコットせよ」などとスローガンが書かれ、中国国旗を掲げた真っ赤なトラックが国歌を鳴らしながら地方都市で隊列を組み走る映像があった。韓国資本のスーパーに対する嫌がらせとして、ある女性が店内に陳列した食品を開封してから棚に戻す様子など、明らかな犯罪行為が記録された動画もあった。

だが、こうした盲目的な韓国たたきには理性的な批判も多かった。フランス国際ラジオは、「米国が韓国にTHAADを配備し、中国の安全が脅かされたのならば、問題の源は米国にある。なぜ韓国車を壊すのに、アップルの携帯電話をボイコットしないのか」という中国の市民の声を伝えている。

微信などでも排外主義を批判する文章が多く現れ、環球時報などによる宣伝や扇動が以前よりは効果がなくなってきたとさえ感じる。

ネットの壁によって、一般大衆が世界、特に隣国との関係について多面的、客観的、理性的な考え方を持つことができなくなるとすれば、それは日中、中韓関係にとって不幸なことである。ただ、上述の指摘のように、反日一色だった10年前の中国世論とは異なり、理性的な知識層は増えつつあり、オピニオンリーダーでもある彼ら社会の中間層は発言権を増している。彼らとの交流強化が、壁を中から少しずつ壊す有効な方法なのだろう。

バナー写真=中国のインターネット検索大手「百度」=2013年12月26日、大阪(時事)

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古畑 康雄FURUHATA Yasuo経歴・執筆一覧を見る

1966年東京生まれ。共同通信社記者。89年東京大学文学部卒業後、共同通信社に入り、地方支社局を経て97年から北京の対外経済貿易大学に語学研修留学。2001年から同社の中国語ニュースサイト「共同網」を企画、運営(16年5月まで)。著書に『習近平時代のネット社会』(勉誠出版、2016年)『「網民」の反乱―ネットは中国を変えるか?』(勉誠出版、2012年)など。

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