香港の「台湾化」はどこまで進むのか

国際

野嶋 剛 【Profile】

その昔、といっても、5年ほど前ぐらいまで、私の印象では、香港の人は総じて、台湾のことを見下していた。台湾は田舎だ。政治が乱れている。経済もダメ。香港の人たちから、そんな悪口をよく聞かされた。私が台湾で新聞社の特派員でいることについても、香港メディアの同業者から「台湾のニュースなんて取材する意味ないよ」などと言われたこともあった。人は嫌われたら、普通は嫌いになるもので、台湾の人も香港が嫌いだった。香港は狭い。疲れる。3日で飽きる。台湾人はそう言って香港を忌避した。

私個人は学生時代に香港中文大学と台湾の師範大学にそれぞれ留学経験があり、どちらも同じように好きなので(もちろん好きなポイントは違うが)、とても悲しい思いをしてきた。そして、基本的には「一つの中国」原則という問題において、本質的によく似た国際的境遇にある台湾と香港は、いろいろな意味でもっと近づいていいのにと、惜しい思いも抱いていた。

近づく香港と台湾

香港と台湾は、中国語では「両岸三地(大陸、台湾、香港)」とか「港澳台(香港、マカオ、台湾)」などとひとくくりにされることも多く、確かに両者の間は飛行機でわずか1時間弱しか離れていない。しかし、その精神的な距離は、長く「隣人」と呼べるようなものではなかった。

ところが、疎遠だった香港と台湾が、いま、かつてなく近づきつつある。距離だけではなく、その姿が相似形になりつつあり、「香港が台湾化している」と言ってもいいだろう。もちろん、香港はすでに中国の一部であり、中国の「特別行政区」であるのに対して、台湾は実質的に中国の統治体制の外にいる。その点はしっかりと区別すべきであることは言うまでもない。

しかしながら、中国が唱える「一つの中国」原則から見れば、香港も台湾も同じ「一つの中国」に包摂される「地域」として、その国家統合の「神話」の一部に位置づけられ、現在の香港で実施されている一国二制度は、本来は台湾に適用させるために編み出されたものでもある。

何よりも、社会主義と中華文明を国是として掲げる大国・中国に対して、自由主義陣営がぶつかっている最前線が、香港、そして台湾であるという現実は、現代の中国をめぐる国際関係や東アジア情勢にとって、極めて重要な国際政治上の意味を持っている。そのなかで、かつては中国側に身を置いていた香港が、いま、蔡英文政権が誕生し、中国と一線を画そうとしている台湾とつながりつつあるとすれば、それは間違いなく注目すべき現象である。

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野嶋 剛NOJIMA Tsuyoshi経歴・執筆一覧を見る

ジャーナリスト。大東文化大学教授。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。在学中に、香港中文大学、台湾師範大学に留学する。92年、朝日新聞社入社。入社後は、中国アモイ大学に留学。シンガポール支局長、台北支局長、国際編集部次長などを歴任。「朝日新聞中文網」立ち上げ人兼元編集長。2016年4月からフリーに。現代中華圏に関する政治や文化に関する報道だけでなく、歴史問題での徹底した取材で知られる。著書に『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)、『故宮物語』(勉誠出版)、『台湾はなぜ新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)『香港とは何か』(ちくま新書)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団の真相』(ちくま文庫)『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)など。オフィシャルウェブサイト:野嶋 剛

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