“平等神話” の重いツケ—始まったばかりの子どもの貧困対策

社会

阿部 彩 【Profile】

続々と明らかになる子どもの貧困の実態

民主党政権は、子どものある世帯に対する給付の拡大(子ども手当)や高校無償化などいくつかの政策を実現した。その後、東日本大震災などを経て再び自公政権となったものの、貧困への関心、特に子どもの貧困に関する関心は継続して高い。その背景にあるのは、続々と明らかになってきた子供の貧困の実態である。目を向ければ、生活に困窮する子どもや人々の例は後を絶たなかったのである。

例えば、文部科学省が行っている小学6年生の子どもに対する全国学力調査のデータを、親の所得階級別に集計すると、所得と子どもの学力がきれいな相関関係にあるという調査結果が2009 年に発表された。(耳塚寛明・「お茶の水女子大学委託研究・補完調査について」文部科学省委託調査)

海外においては、子どもの学力と親の所得に関係があることなどはよく知られているが、このような「当たり前」の関係でさえも、日本の一般市民はもとより、政府や教育学者の間でも驚愕の念で受け止められた。

子どもの健康についても然り。筆者が子どもの健康と親の所得階層に相関があるという事実を明らかにした論文を発表したのは2010年になってからだ。貧困層の子どもに肥満が多いということも、最近の研究成果でようやく明らかとなった。これまで、「平等社会だから」と親の経済階層の子どもへの影響について無頓着であった日本社会であるが、調べてみると子どもに関するさまざまデータにおいて所得階層との相関が認められたのである。

また、子どもと接する現場からも、だんだんと貧困が子どもに及ぼしている影響が報告されるようになってきた。例えば、小児医療の現場からは、自己負担の支払いができないために子どもの治療を控える事例や、学校で病気になっても病院には連れていかないでくれと親に言われたという事例などの報告がある。

学校現場においては、朝ごはんを食べていないため午前中勉強に集中できない生徒にこっそり給食の残りの牛乳を渡したり、飴を手渡したりしている教員の事例が紹介されてきた。学校が休みの間は給食がないため、夏休みが終わって登校すると前より痩せている子どもがいるといった報告もある。児童館や学童保育からは、お昼ごはんを食べていない子どもがいるようだという報告も挙げられている。

新聞やテレビなどのマスコミも、そのような事例を多く報道するようになり、ようやく、日本社会も子どもの貧困がただならぬ状況まで追い詰められていることを実感するようになった。

政府予算に盛り込まれた子どもの貧困対策

そうした中、2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」(子どもの貧困対策法)が与野党全員一致で成立した。これにより、政府に子どもの貧困に対する政策に取り組むことが義務付けられた。翌年には「子供の貧困対策に関する大綱」が閣議決定し、これまで子どもの家庭環境については所管外であるとの感が強かった「学校」が、子どもの貧困対策の「プラットフォーム」であると位置づけられた。予算を伴う政策が目立って動きだしたのは2015年に入ってからである。

安倍晋三政権は「ひとり親家庭・多子世帯等自立応援プロジェクト」を立ち上げ、12月22日に決定された2016年度予算案においては、無利子奨学金事業の拡充や、児童扶養手当(低所得のひとり親世帯に対する現金給付)の2人目以後の子どもに対する給付費の増額などが盛り込まれた。

“平等神話” の「ツケ」は重い

しかし、多くの先進諸国に比べると、日本の子どもの貧困対策はまだまだ途上であると言わざるを得ない。今回拡充となった奨学金事業としても、まず、第一に日本においては貸付型の奨学金(通常 “student loan” と呼ばれるもの)制度しかなく、給付型の奨学金(通常 “scholarship” と呼ばれるもの)は存在していない。OECD諸国の中で、高等教育における家庭負担の割合が最も高い国の一つが日本である。

また、児童扶養手当の拡充にしても、そもそも日本の手当はそれだけで生活することは不可能な額(満額だとしても月4.2万円+子どもが2人の時は5千円の加算、3人目以降は3千円の加算)である。ひとり親世帯(ほとんどは母子世帯)の母親の8割以上は就労しているが、それにもかかわらず貧困率が5割を超えるのである。別れた父親から養育費を受けているのも2割に満たない。養育費を公的に取り立てる手段がないからである。

生活保護率は増加しているとはいえ人口の2%程度であり、普遍的な児童手当の額も少なく、住宅扶助や食料費扶助などの他国に存在する低所得者を支援するさまざまな制度も存在しない。一方で、国民年金や国民健康保険など非正規労働者や自営業者が加入する社会保険においての、社会保険料負担は逆進的な設定となっている。

これらはすべて日本が長い間「貧困問題」を無視し続けてきた結果であり、社会のさまざまな制度において低所得層に対する配慮の視点がなかったことによる。貧困対策について、日本は他の先進諸国から大きく遅れをとっている。一時的にでも「平等」であったことの「ツケ」がこのような形で現れるのは皮肉である。

(2016年1月12日 記)
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阿部 彩ABE Aya経歴・執筆一覧を見る

首都大学東京教授。2015年11月同大学に「子ども・若者貧困研究センター」を設立、センター長を務める。マサチューセッツ工科大学卒。タフツ大学フレッチャー外交法律大学院修士・博士号取得。国際連合、海外経済協力基金を経て、1999年より国立社会保障・人口問題研究所に勤務。2010年より社会保障応用分析部長。2015年4月より現職。専門は、貧困、社会的排除、社会保障、生活保護。著書に、『子どもの貧困―日本の不公平を考える』(岩波書店、2008年)、『弱者の居場所がない社会』(講談社、2011年)、『子どもの貧困Ⅱ―解決策を考える』(岩波書店、2014年)等。

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