新国立競技場問題が日本人に問いかけているもの

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東郷 和彦 【Profile】

新国立競技場問題が示しているものはなにか。単なる公共工事の無駄遣いではない。東京の歴史と景観の継承こそが問われているのである。そして、この問題は今も東京中で持ち上がっているのである。

急展開の白紙撤回

けれども、この時点から、周知のごとく歴史は急変し始めた。

5月18日下村博文・文部科学大臣が舛添要一都知事と対談、2014年5月の基本設計時に1625億円と試算された総工費のうち、都に約500億円の負担を要請した。都に対するこの高額の負担要請にメディアの関心は一挙に高まり、更に6月29日、大会組織委員会調整会議で下村・文科大臣が総工費2520億円の額を提示したことによって一層の関心が爆発した。

しかしながら、7月7日のJSC有識者会議にて一端この2520億円の総工費が了承されたことが報ぜられた。「手わたす会」は直に7月9日「神宮外苑100年の森を守るために。2520億円の新国立競技場を許さない」という抗議声明を発出した。

息詰まる展開の中、マスディアの追及は治まらず、7月17日、ついに安倍総理の決断として事態は「白紙撤回」という大転換を迎えた。

「手わたす会」は直に7月18日、「進行中の新国立競技場計画の中止」を実行したうえで、「簡素で使いやすいメインスタジアムの計画に取り掛かってください」という3年越しの要求を、国会に提出する請願運動を開始した。

政府側は、有識者による新たな「新国立競技場整備計画経緯検討委員会」を設置、その初会合が8月7日に開催された。請願活動の対象となっている国会では、8月5日衆院文部科学委員会での審議で遠藤五輪相が「9月上旬までに総工費を整備計画の中で示す」と明言(『読売新聞』8月6日朝刊)、8月10日には参院予算員会集中審議で議論された。

新計画に期待をつなぐ

なにはともあれ、7月17日の安倍総理による「白紙撤回」の決断は実に大きな意味をもった。五輪大臣・文部科学省・JSCを軸に検討を進められている由の諸案の中から少なくとも、竜骨(キール)巨大スタジアム、音楽と共興を兼ね備えた多目的巨大スタジアムの案は影をひそめたようである。だが、どこまで、「簡素で使いやすい」ものに徹することができるかは、これからの審議にかかっている。

私自身は、6月20日の「手わたす会」の2回目の公開勉強会で森山高至氏が一案として説明された、64年東京オリンピック以前の原競技場のコンセプトを最新の技術によって再構築する案に非常な魅力を感じる。競技場の三面を斜めの芝生席にもどすこの自然との融合案こそ、21世紀の日本文明の再創造にふさわしい「簡素で使いやすい」案にみえるが、それは、これからの議論によって適切な結論を期待するほかはない。

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京都産業大学教授、同大学世界問題研究所所長。1968年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、外務省に入省。欧亜局ソ連邦課長、条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使などを歴任し、2002年に退官。ライデン大学、プリンストン大学、ソウル国立大学などで教鞭をとり、2010年より現職。著書に『北方領土交渉秘録、失われた五度の機会』(新潮社、2007年/新潮文庫、2011年)、『歴史認識を問い直す:靖国・慰安婦・領土問題』(角川oneテーマ21、2013年)、Japan’s Foreign Policy 1945-2009: The Quest for a Proactive Policy(Brill Academic Publisher、2010年)など。

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