歴史、疲れ、統治危機

政治・外交

ロー・ダニエル 【Profile】

戦後の国交正常化である日韓基本条約締結から50周年になる現在、両国関係は最悪の状態にある。相変わらず「歴史」という感情を御しきれない政治の不作為を、韓国出身の筆者が非難する。

個人の情念を先送りしてきた者たち

去る7月21日には韓国国会では議員たちが作った「国会人権フォーラム」の主催で「今年の人権賞」の授賞式があった。受賞者は生存する慰安婦全員である。その式場で異様な光景があった。慰安婦のひとりである 李容洙(イ・ヨンス、87歳)氏が国会議員たちに対して「こんな賞なんかもらいたくない。お前らはいままでなにをしたのか。アメリカのマイク・ホンダ議員の活躍をみろ」と荒い言葉で激烈に不満を吐露したのである。

90歳近い被害者老婆とは全然異なる「プロフィール」をもつエリートの人々が、韓国政府を叱るほかの光景もあった。2011年8月30日、韓国憲法裁判所は、原爆被害者と慰安婦について日韓請求権協定に関する両国の意見の相違を韓国政府が積極的解決しない「不作為」を憲法違反と裁いた。さらに2013年7月10日、ソウル高等法院は、戦時中に日本製鉄(現・新日鐵)に強制連行され、強制労働させられた4人の被害者が損害賠償を求めた訴訟で、賠償金の支払いを命じる判決を出した。

判決では、「日本の支配下での強制動員を不法とみる大韓民国憲法の核心的価値と衝突し、侵略戦争を認めない世界の文明国家の共通価値や日本の憲法にも反する」と裁いた。日韓の政治エリートが戦後を通じて犯してきた「腐敗な癒着」の構造を司法が「是正」したのである。

こうした光景が総じて演ずる物語の基本テーマは統治の危機であると思う。その統治の危機の始めは、「世界的自由陣営を構築し、その中で経済発展を成し遂げる」という使命感に燃えた日韓両国の政治エリート層の便宜主義であろう。もちろん、一時期に政治権力を委ねた人々が長いスパンの歴史問題を解決せず、「解決せざるをもって、解決したとみなす」という「高度の政治的判断」で「臭いものには蓋」をする弥縫策が不可避で、現実的には賢明だった状況もあっただろう。

意思と能力の欠如、その象徴が“少女像”

日韓間の歴史問題は全てが便宜主義によって適当に処理されたきたかもしれない。しかし、日韓戦後史をみると、解決しなかれば後で大きな禍根になる問題を解決する意思と能力のどちらかが、もしくは、両方とも欠けていた場面が多すぎる。その1つの例が従軍慰安婦を「連想させる」少女銅像がソウルの日本大使館の前に設けられた出来事である。その少女像は韓国国内、また、米国でグレンデール市とデトロイト市に設けら、現在はカリフォルニア州のフラートン、イリノイ州のシカゴ、そしてオーストラリアのシドニー郊外にも建造の話が進んでいる。

その銅像の意義は論外としても、これが日韓両国民の間で治せない心理複合となり癒せない精神的傷になることは間違いない。これだけの大きな事案の始まりに韓国側の行政的職務遺棄があったのは、日韓関係の空虚さと脆弱性を雄弁的に語る。この青銅少女像は市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)が主導するソウルの日本大使館前で行われる「水曜集会」の1000回目の祝いで2011年12月14日に作られた。治外法権で保護される外国公館の前に抗議の意思を込めて設けたこの銅像は、実際には「不法」建造物である。

挺対協がこの銅像の建造への許可を申し入れたとき、管轄役所であるソウル市鍾路区庁は「政府機関でなければ道路などに施設物を設置することはできない」という却下の公文をおくった。しかし、少女像の設置が強行された後に、同区庁は「許可の可否に関わらず、建築物が公益に損害にならなければそれを強制的に撤去することはできない」という態度を取った。要するに、挺対協の「道徳的優位性」が「些細な行政の理屈」を圧倒したということである。

日韓間に存在しない「水面下チャンネル」

50年の間に政治的便宜主義の流れの中で、敏感な懸案を「水面下で」調整できるチャンネルがあるという認識が広がっていた。しかし、最近の状況を見ると、先進国の間に存在すべき非公式の調整チャンネルは、日韓間には存在しないか、あっても作動しないと思われる。その代わりに芸能人、市民団体、民族主義で生計を立てる学者、評論家、ジャーナリストたちによるポピュリズムが左右することとなった。「国政(statecraft)」という語彙の意味さえ分からない時代になったのである。

この統治の危機で終戦70周年と国交正常化50周年の「歴史の月」はこれから日韓関係の長期的な気候や風土を決める「残酷な月」として迫ってきている。

カバー写真=ソウル日本大使館前の慰安婦像(提供・Lee Jae-Won/アフロ)

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政治経済学者、アジア歴史研究者、作家。韓国ソウル市生まれ。米国マサチューセッツ工科大学で比較政治経済論を専攻して博士号(Ph.D)取得。香港科学技術大学助教授、中国人民銀行研究生部客員教授、上海同済大学客員教授、一橋大学客員研究員、国際日本文化研究センター外国人研究員、京都産業大学客員研究員などを経て、北東アジアの政治経済リスクを評価する会社Peninsula Monitor Group, LLCを2015年7月に東京で設立。日本での著作として『竹島密約』(2008/草思社、第21回「アジア・太平洋賞」大賞受賞)がある。『「地政心理」で語る半島と列島』が藤原書店から出版予定。

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