歴史、疲れ、統治危機

政治・外交

ロー・ダニエル 【Profile】

戦後の国交正常化である日韓基本条約締結から50周年になる現在、両国関係は最悪の状態にある。相変わらず「歴史」という感情を御しきれない政治の不作為を、韓国出身の筆者が非難する。

言葉の応酬という復讐

こうした現象を日本語の語彙で表現すると「言葉の応酬」であろう。言い換えれば論争であり口論である。いってみれば、日韓の葛藤は全てが言葉の応酬である。物資の輸出禁止とか、相手国民の入国制限とか、局地的武力衝突などではない。しかし、日韓の言葉の応酬は一時的物理衝突よりはるかに深刻な問題になる危惧がある。その危惧とは、口論が永遠に続く状態である。「酬いる(reciprocate)」行動に「正義」を崇拝する心理的動機があるからだ。

自分が思うレベルの「互恵」に達していないとき、動物も人間も復讐を策する。個人の情念が強いる正義は「復讐(revenge)」であり、共同体が課する「報い(vengeance)」は秩序を目的とする。では、現在の日本社会と韓国社会が繰り広げる言葉の応酬はある秩序を目的とするものなのか。そうではない。現下の両国民の「歴史認識」には情念に基づく復讐感が潜んでいる。特に、歴史的敗北者である韓国側の情念はつよい。それを日本では「恨み」という言葉で片つけている。

日韓の歴史の呪縛に取りつかれたのは、なにか山の中に隠遁する変人たちではない。最高の教育受けた知識人、国家試験を突破した官僚などを含む「教養人」たちである。こういう教養人たちは、まったく同じことについて正反対のことを言い続ける。

竹島・独島につては、両方とも「歴史的に固有なわが領土」と唱える。太平洋戦争に動員された従軍慰安婦をめぐって、一方は強制的動員による性暴力は「世界的人道主義の問題」である主張し、他方は「官憲による体系的動員」はなかったという。

また、太平洋戦争徴用工について、韓国の知識人たちは賠償を求める訴訟を韓国のみならず海外でも起こしている。それに対して、日本の知識人たちはその徴用に対しては当時に賃金が払われたし、総じては1965年の日韓基本条約によって完全に解決されたという。こうした「歴史の争点」は今のところ解決の糸口が見えないし、むしろこれから増幅される恐れがある。

何が統治の危機をもたらしているのか

では、日韓の歴史葛藤はどこから由来するものなのか。世界政治を今日も揺るがす中東の紛争ははるか遠い歴史の解釈に関するものである。ユダヤ教とイスラム教を信奉する人々はアブラハムの後裔として、どちらが正統なのかをめぐって争う。また、イスラム教は シーア派とスンニ派に別れ、イスラム共同体の宗教並び政治指導者たるカリフの地位にあがる正当性がどちらにあるかをめぐって闘争を続ける。パンとか火薬の問題ではない。

従軍慰安婦、島の領有権、靖国神社への参拝、教科書の記述、戦争で徴用された人々の待遇など日韓関係の「懸案」となっている問題は、中東の問題に比べて「具体的」、すなわち政治的に「管理」できそうな問題である。どころが、その問題が50年という歳月が過ぎ去る間に解決できなかったことを鑑みると、はかなさと憤りを感じる。

結局、この日韓両国民の関係を脅かす事態は、両国の指導層の職務遺棄に近い便宜主義と無能に由来するとを言わざるを得ない。半世紀のあいだに放置されたあげく、この具体的問題はいつのまにか「道徳的優位性」の争いに進化した。この職務遺棄が特に目立つのは韓国側である。それを見せる2つの光景を紹介しよう。

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政治経済学者、アジア歴史研究者、作家。韓国ソウル市生まれ。米国マサチューセッツ工科大学で比較政治経済論を専攻して博士号(Ph.D)取得。香港科学技術大学助教授、中国人民銀行研究生部客員教授、上海同済大学客員教授、一橋大学客員研究員、国際日本文化研究センター外国人研究員、京都産業大学客員研究員などを経て、北東アジアの政治経済リスクを評価する会社Peninsula Monitor Group, LLCを2015年7月に東京で設立。日本での著作として『竹島密約』(2008/草思社、第21回「アジア・太平洋賞」大賞受賞)がある。『「地政心理」で語る半島と列島』が藤原書店から出版予定。

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