日本の低調なIT投資、アベノミクスの思わぬ足かせ

経済・ビジネス

トバイアス・ハリス 【Profile】

中小企業の低調なIT投資

中小企業庁が2012年11月と12月に行った調査によると、特に小企業はIT投資を行っていないばかりか、投資計画もなく新技術の認知度も低かった。この調査を通じて、小企業はIT導入への関心が一貫して低く、サービス産業の生産性向上の手段としてのIT推進が安倍内閣の大きな課題であることが浮き彫りになった。

規模にかかわらずITを導入していない企業はその理由を聞かれ、最も多くの企業が「導入の効果がわからない、評価できない」と答えた(54.7%)。価格も問題である。ITを導入していない全企業の44%強が、IT投資の「コストを負担できない」と答えた。

IT投資に対する消極姿勢は、日本独自のIT産業が直面する問題の一因かもしれない。ITがハードウェアからソフトウェアに移行し、SaaS(Software as a Service)が台頭するなか(※2)、日本企業は他の先進国のライバル企業に遅れまいと努めてきた。日本は他の国に比べて国内需要が小さいため、日本企業は世界のソフトウェア産業の中で目立たない存在である。

世界大手になれない日本のソフトウェア企業

日本のソフトウェア企業が世界大手になりにくい背景には、起業活動の相対的な低さがある。(※3) 米国バブソン大学と英国ロンドン大学ビジネススクールのプロジェクトチームが継続実施している各国の起業家精神に関するグローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)調査によると、2014年の日本の総合起業活動指数は3.83%と、G7の中で最も低かった。ちなみに米国の指数は13.81%とトップだった。(※4) さらにGEM調査では、起業家精神に関する姿勢についても日本はG7諸国に遅れていた。

国内のIT導入の低さと起業活動への関心の乏しさを考えると、日本企業が世界のソフトウェア産業の中で出遅れているのは当然である。また、日本の起業活動データに、多くの企業側のITへの関心と知識の乏しさを示すデータを重ね合せると、日本はITの利活用奨励と強力なIT産業の育成に関して悪循環に陥る可能性がある。

日本企業がIT導入に消極的であるため、日本は、新技術への投資効果の指標である全要素生産性(TFP)の上昇率の面で、製造業、サービス業とも米国に遅れている。(※5) これまで米国は生産性向上のためのIT投資の活用力では突出しており、ここ数年、TFP上昇率は減速しているが、日本は労働力の減少見通しを背景に、生産性の改善に特に依存している。

安倍内閣のIT戦略

安倍政権は、IT投資拡大の促進と国内IT産業の奨励に取り組むうえで直面している大きな課題を認識しているだけではなく、IT導入の拡大が将来の日本経済に必要であることを認識していると表明している。そのため、安倍内閣による2013年6月の「世界最先端IT国家創造宣言」は、ITの広範な利活用推進が長期にわたる持続的成長の実現に欠かせないとうたった。

この宣言は、アベノミクスの「第3の矢」を含む安倍政権最初の成長戦略と同日に発表されたもので、政府がIT投資を労働生産性の改善に不可欠であると認めたうえ、歴代政権の投資の奨励が不十分であったことを認める内容となった。さらに宣言は、各省の重複投資の傾向を克服できなかった過去の政府を批判するとともに、首相官邸での調整の一本化の必要性を強調した。

その目的のため、安倍政権は、宣言に盛り込まれたIT投資の促進に向けた5年程度の計画を監督する内閣情報通信政策監(CIO)ポストを新設した。主な3つの目標は、①革新的な新産業・新サービスの創出及び全産業の成長を促進する社会、②健康で安心して快適に生活できる、世界一安全で災害に強い社会、③公共サービスがワンストップで誰でもどこでもいつでも受けられる社会、である。

抜け落ちている「サービス産業の生産性向上」目標

しかし、安倍内閣の「第3の矢」政策が概ねそうであるように、この提案も宣言の崇高な理念には届かなかった。おそらく長期的にみて生産性向上に最も重要な項目である1番目の目標について、政府は、公的データの公表などを通じた民間部門による「ビッグデータ」の活用の促進、農業生産者によるIT利活用の奨励、「オープンイノベーション」に関わる新しいベンチャー創設の支援を促進する姿勢を打ち出した。

政府の政策課題から抜け落ちているのは、宣言が最初にIT投資の最終目標であると認めているサービス産業の生産性向上である。しかし、宣言は別にしても、安倍内閣が表明している政策の多くは国内IT産業の支援が中心で、それ以外の産業によるIT利活用の拡大促進ではない。

IT産業のテコ入れには政府がこれまで提案してきた以上の大胆な改革が必要になるが(※6)、安倍内閣がイノベーションの推進とベンチャーキャピタルの活用拡大による新事業形成の支援を重視していることは評価でき、長期的に国内IT産業をより強力にするとみられる。しかし、安倍内閣が持続的成長の達成に不可欠なものを実現するためには、非効率な産業でのIT投資拡大がより緊急の任務である。

安倍内閣の次のステップ

名誉のために指摘しておくと、安倍内閣は、IT産業以外でのIT投資の拡大推進に積極的に取り組む必要性を認識している。政府の成長戦略策定の陣頭指揮を執っている産業競争力会議(ICC)はすでに、今年の成長戦略の柱として日本の潜在成長力の最大化をめざす政策を盛り込むと述べている。この会議は前回、サービス産業における中小企業の「稼ぐ力」の強化のほか、インターネット、ビッグデータ、人工知能、あらゆるモノをインターネットにつなぐ「IoT(インターネット・オブ・シングス)」の活用におけるブレイクスルーの実現の必要性を強く打ち出した。

最終的に、日本企業の生産性向上は、革新的技術の促進に向けた政策よりも、むしろ教育や労働市場、事業方針に左右されるだろう。安倍首相自身は長く、個人が「何度でも挑戦できる」社会の創設が必要だと訴えてきた。就労者が次の転職先を心配することなく安定した仕事から離れることができれば、小企業は省力化技術への投資がもう少し容易になるかもしれない。しかし、リスクを取ることに自信をもてる就労者を増やすには、個人に新たな機会への挑戦を促すための抜本的な政策調整と下からの企業文化の変革が必要になる。

首相自身は、政策は重要だが、それだけでは十分でないことを認識している。経営者や起業家、政策立案者が参集してイノベーションについて議論する新経済連盟(旧eビジネス推進連合会)主催の4月の第3回新経済サミットで、安倍首相はこう述べた。「いくら日本政府が改革を進めても、ベンチャー精神あふれる民間の皆様が行動を起こさない限り、日本は変わりません」。安倍首相とその内閣は政策の実施に向けて進んでいるようだが、民間部門に軌道修正を納得させるのは容易ではない。

(原文英語。2015年5月18日記。原文を一部割愛して翻訳。)

(※2) ^ SaaSはおそらく最も知られたクラウド・コンピューティングの例で、企業がユーザーにソフトウェアの使用許諾を行い、ユーザーはウェブ・ブラウザからそのソフトにアクセスするプロセスのことである。

(※3) ^ ソフトウェア産業は少ない人員、少額の創業コストで多数の人にサービスを提供する製品やプラットフォームを作るのが比較的容易であるため、特にスタートアップの影響を受けやすい。マーク・アンドリーセン、「ソフトウェアが世界を飲み込む理由(Why Software Is Eating The World)」、『ウォールストリート・ジャーナル』、2011年8月20日。http://www.wsj.com/articles/SB10001424053111903480904576512250915629460

(※4) ^ 総合起業活動指数は、18~64歳の成人人口のうち、新規事業を始めるための準備を行っており、かつまだ給与を受け取っていないか受け取っている場合はその期間が3カ月未満の「誕生期」にある人、または、すでに会社を所有している経営者で当該事業からの報酬を受け取っている期間が3カ月以上3.5年未満の「乳幼児期」にある人の合計が占める割合である。

(※5) ^ 深尾京司、「Service Sector Productivity in Japan: The Key to future economic growth(産業・企業の生産性と日本の経済成長)」、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、RIETIポリシー・ディスカッション・ペーパー10-P-007、2010年8月。http://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/10p007.pdf

(※6) ^ 例えば、日本のIT産業強化に向けたジム・フォスター慶応大学教授の提言を参照。http://kipis.sfc.keio.ac.jp/this-is-the-first-blog-post

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笹川平和財団米国の経済・貿易・ビジネス分野の研究員。政治リスクコンサルタント会社Teneo Intelligenceの日本政治・経済アナリストも務める。ブランダイス大学で政治学、歴史学を専攻し、その後ケンブリッジ大学で国際関係の修士号を取得。2006~2007年に、浅尾慶一郎氏(当時、民主党、参議院議員。現在は無所属、衆議院議員)のスタッフを務め、外交政策や日米関係のリサーチを行った。2011~2012年には東京大学社会科学研究所にてフルブライト研究員として、日本の官僚政治に関する研究を行う。

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