中国の攻勢を招いている日本の海洋戦略の不在——小笠原サンゴ密漁だけが問題なのではない
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サンゴ密漁の裏に日中の思惑
今年(2014年)9月以降、小笠原諸島周辺海域に、サンゴ密漁のため中国漁船が大挙押し寄せる事態が発生した。この時期、北京でのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を機に関係修復しようと、日中首脳会談の実現に向けた水面下の駆け引きが行われていた。このような重要政治日程を前にして、日本領海の特定海域に大挙して中国の漁船が現れるのは、これまでにもなかったことではない。これからも似たような事態は起き得ると考えなければならないだろう。日本国としては、国境を接し、未来永劫にわたり関わり続けなければならない隣国・中国のひとつの行動様式として、怠りなく備えておく必要があろう。
あのようなサンゴ密漁漁船の展開を中国側が意図的に試みたのかどうかは不明だが、あの事態に対する日本側の姿勢を注視しながら、日中首脳会談に応じるか否かを決めたという印象はぬぐいがたい。日本側にしても、取り締まりを強行できたにもかかわらず、意図的に実施しなかったふしがある。日本側は、この段階で中国と事を構えるつもりはないという姿勢、そして、日本との首脳会談は中国に不利益をもたらすものではないことを、テレビニュースを通じて中国側に伝えた側面もあったのだと考えてよかろう。
取り締まりをして当たり前なのだが
ここで漁船の操業に関する基礎的な法制度を説明しておくなら、民間漁船であろうと公船であろうと、排他的経済水域(EEZ)に入っただけでは取り締まることはできない。しかし、漁船が無許可で操業すれば取り締まりの対象となる。これは「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律(EEZ漁業法)」の規定による。小笠原諸島海域のようなEEZ内では、日本政府の許可なく操業はできない。違反に対しては拿捕(だほ)を含む必要な措置をとることができる。
EEZ漁業法は、1996年7月の国連海洋法条約発効に伴い制定され、周辺海域のおおむね200カイリまでの海域に漁業、水産動植物の採捕および探査に関する日本の主権的権利が全面的に及ぶとされている。
小笠原諸島や伊豆諸島などの海域のサンゴ密漁問題に限ると、EEZ漁業法を厳格に適用することは可能である。取り締まりできるだけの態勢を整えておけばよいのである。事実、2013年2月には沖縄県宮古島沖のEEZで違法操業中の中国サンゴ漁船を海上保安庁が拿捕し、船長を逮捕している(のちに担保金の保証があったのでEEZ漁業法の規定により船長は釈放された)。
このように、日本側もEEZにおける違法操業の取り締まりは行ってきた。今回の場合は、巡視船が尖閣諸島の警備に割かれ、投入できる数が限られるため、海上保安庁は領海内から追い出して、一連の事件処理が洋上で可能なEEZ内で取り締まる方針を採用した。領海内で逮捕することになれば、巡視船が伴走して漁船を本土へ運ぶために周辺海域を一時的に離れる必要が生じ、大幅な戦力ダウンになるからだ。中国漁船は、その裏をかく形で領海内に入り、それも発見されにくい夜間に操業するという挙に出たわけだ。
11月10日の日中首脳会談の実現を受けるかのように、日本側は領海内での取り締まり体制を強化し、躊躇なく逮捕する方針に転換した。中国側もまた、身許を偽装して摘発を免れてきた密漁漁船を追及する姿勢に転じている。
しかしながら、日本側の取り締まり強化だけで中国漁船の大挙出現に対処できるかというと、そう簡単ではない。増強しつつあるとはいえ、投入できる巡視船には限りがあるからだ。
日中漁業協定暫定水域という「穴」
この問題を解決に対する「ひとつの解」は、安倍晋三首相がASEAN首脳会談(11月12日)で訴えた「法の支配」という考え方である。
中国(そして韓国)との間ではEEZが国連海洋法条約で成立する以前から個別の漁業協定が結ばれていた。特に中国との間ではEEZが制定されるようになってからも、新しく協定(1997年調印、2000年発効)を結び直し、お互いのEEZが重なる海域を中心に「暫定水域」等を設け、EEZ関連法の適用を除外し合ってきた。「従来からの関係を尊重した資源の共同管理」と称しているものの、これは摩擦を避けたいがゆえに事実上の棚上げを図った弥縫(びほう)策といってよいだろう。
日中の「暫定水域」は、北緯27度以南の東シナ海である。この海域では、相手国の漁船に対し自国の漁業関連法を適用できず、協定の違反行為があった場合も、その漁船の船籍がある側の国が取り締まることになっている。現実には、中国漁船がいようといまいと、取り締まりの名目で中国の公船は暫定水域内、つまり日本のEEZ内や領海周辺を走り回っている。それが暫定水域に取り囲まれた尖閣諸島周辺での中国公船による領海侵犯の活動拠点水域になっているのである。
それにもかかわらず、水産庁は「日中漁業協定の概要」という説明文書で「北緯27度以南の東海の協定水域及び東海より南の東経125度30分以西の協定水域(南海の中国の排他的経済水域を除く)においては、既存の漁業秩序を維持する」と記している一方で、「既存の漁業秩序」とは、旧日中漁業協定時代のように旗国(船籍国)が漁船を取り締まる意味だと明記していない。それを良いことに、中国側は自国漁船の取り締まりを徹底しないばかりか、「暫定水域」というグレーゾーンを拡大解釈し、公船の活動の根拠としているのである。
海洋こそが日本の「核心的利益」
このように、漁業協定の棚上げ部分を詰める交渉は水産庁に任せていては進まない。実際、これまでに詰めることはできずにきたことは、水産庁の文書が「東海」「南海」という中国側の呼称をそのまま使ってきた体たらくでも明らかだろう。
それにとどまらず、日本はこれ以外にも法制度に関する不備を正すことを手掛けなければならない。
少なくとも当該海域は日本の「死活的に重要」な海域であり、中国側の表現を借りると「核心的利益」という位置づけになる。中国側が「核心的利益」を守るためにとっている措置と同様、「領域警備法」や、それと補完関係に位置づけられる「国境法」を制定し、中国側の行動を規制できるようにしなければならない。日中漁業協定についても、棚上げ部分を詰めて、中国側に拡大解釈の余地が少なくなるようにする必要がある。
日本人が解かなければならないのは、「領海等における外国船舶の航行に関する法律」に関する誤解である。国連海洋法条約第25条に基づく現在の法律は、領海を侵犯した外国の公船や軍艦に対して「退去を求めることができる」「必要な措置を講じることができる」としているものの、それを蹂躙してくる相手に対する強制力を備えていない。
言うなれば、日本の現行法は形式的な法律の側面があり、緊張状態にない国の間の海域でのみ通用するものだと理解する必要がある。
日本よ、毅然としたベトナムを見習え
係争海域における海洋権益の保護については、南シナ海をめぐって中国と緊張関係にあるベトナムが好事例を示している。
ベトナム国会は2012年6月、国連海洋法条約を遵守する立場を明確にしながらも、領海への外国公船などの立ち入りにはベトナム政府の許可を必要とするとした海洋法を成立させた。中国は非難の声を上げたが、一部の係争海域を除いて、ベトナム領海への立ち入りを抑制するようになった。
2014年5月、南シナ海で中国とベトナムが衝突を繰り返したあと、徹底抗戦の姿勢を崩さないベトナム側に対して、中国は外交の最高責任者である楊潔篪国務委員を6月と10月にハノイに派遣し、また10月にはグエン・タン・ズン首相と李克強首相がイタリアのミラノで、フン・クアン・タイン国防相と常万全国防相が北京で会談した。ひたすら中国の顔色をうかがい、事を荒立てないようにする日本の姿勢とベトナムの対中外交は、明らかに違っている。
これが、世界に通用するレベルの海洋権益を保護する取り組みと基本的な姿勢である。日本が強い姿勢をとった結果、日中関係にきしみを生じようとも、動揺してはならない。中国の行動様式は、譲らない相手に対しては柔軟に反応しながら、最終的に目的を遂げようとするものだ。それが、譲歩したかに見えるベトナムへの姿勢にも現れている。領域警備法、国境法などの制定によって初めて、日本は中国と対等に外交交渉を進める条件を備えることになるのである。
世界第6位の海洋国家、権益保護能力の拡充を
日本は領海とEEZを合わせると世界第6位の広大な海域を要する海洋国家である。これは、とりもなおさず海洋資源大国としての洋々たる未来を暗示している。第15位の中国と比べても、海洋国家として生存し、繁栄する戦略が不可欠であることはいうまでもない。
そこにおいては、世界に通用するレベルの法制度の整備に加えて、海洋国家に相応しい海洋権益の保護能力、具体的には海軍である海上自衛隊とならんで海上警察機関としての海上保安庁の拡充強化が求められる。海上保安庁については、予算的に現在の約3倍の年間5000億円規模、人員・船艇・航空機の勢力で2倍ほどが適正規模であることを知る必要がある。
このレベルまで海洋権益保護能力を備えて初めて、周辺海域の問題は解決に向かうし、サンゴ密漁などの違法操業も姿を消すだろう。
日本としては、省庁の縦割りを克服するための国家安全保障会議(NSC)という国家の司令塔組織が立ち上がったのを機会に、これを機能させ、政治の力で官僚機構をリードし、戦略的に問題の解決を図らなければならない。
カバー写真=小笠原諸島鳥島沖に殺到する中国サンゴ密漁漁船(2014年10月末、提供・毎日新聞/アフロ)