マネーで読み解く北朝鮮

政治・外交

やはり訳が分からない北朝鮮

日本人拉致被害者に対する北朝鮮の特別調査は、特別な成果がない状態で10月29日に終わった。北朝鮮最高指導部を保護するための思想警察の任務をもつ国家安全保衛部が主導するという異例性から、日本では期待が高かったが、かっかりさせる形で騒動は終わったのである。日本人の素直な性善説への固着が、存亡をかけた北朝鮮のしたたかな外交に、またもや引っかけられたとしか言いようがない。

この騒動を通じて、もう一度浮き彫りになったのは北朝鮮という共同体の本質である。北朝鮮とは果たして何なのか。世界の人々が、ネットに乗せられた森羅万象の情報を共有する現代においても、人類の常識をもってしては、物事の説明や合理的予測ができないこの「共同体」をどういう風に認識するのが妥当なのだろうか。

世にも奇怪な金融経済体制

私は、「金銭」という切り口からのアプローチで、新たな形での理解を得てみたい。このアプローチにはそれなりの背景がある。2000年に私は、中国人民銀行の内部大学院である研究生部で比較金融システムを講義していた。ちょうどその時期に朝鮮中央銀行の人々が研修に来ていた。私が北朝鮮の金融システムに直感を得ることができた初めての経験だった。

当時、私は、北朝鮮が国営銀行を中心とする「単一金融体制(モノ・バンキング)」を柱に、キューバ型の社会主義金融体制を作っていくことになるなどと想定していた。しかし、現実には北朝鮮は人類文明に類のない奇形な金融体制を形成してしまった。このシステムを理解することで、北朝鮮政権の行動原理や、さらには将来の運命が見えてくることにつながると考える。

一方には、強制収容所で動物のごとく生きている人々や闇市場で乞食をする子どもたち、他方には、10万ドルまで相場が上がったピョンヤンの高層アパートを購入する党幹部と韓国製の化粧品や電子炊飯器釜にこだわる、その夫人。こうした矛盾と非一体性をどういう風に理解すればいいのか。

その答えは朝鮮「民主主義」「人民」「共和国」という概念の束を解体(unbundle)して分析することから探し出せる。「共和国」と訳される“res publica”という政治体制は、主権を有する国民の選挙によって選ばれた代表が統治する制度を指す。ならば、金日成から金正日に、そして金正恩へと最高権力が世襲された北朝鮮は、民主主義共和国ではなく、政治的には現代版の君主制に違いない。その君主国を「3つの経済圏」と「4つの金融圏」に分解し分析してみたい。

支配階層ごとの3つの経済圏

近代国家の構成要因の一つとして国民経済があげられる。国民経済はその国家の中央政権が発行・管理する通貨圏、そして国民の税金でまかなわれる財政によって成り立つ。これに照らしてみると北朝鮮には国民経済が存在しない。形式的には「ウォン」という貨幣があるが、通貨としての機能を失っている。また、社会主義の計画経済を導入したので税金がないし私有資産もない。しかしながら、その代案であるはずの希少価値の配給制度も機能しない。そういう名目の失敗の傍らに形成されてきたのが次のような3つの経済圏である。

北朝鮮を「王朝」と性格付ける学者たちは、特権階層が享有する経済を「宮廷経済」と呼ぶ。この概念には、北朝鮮への失望と挫折の気持ちを晴らす効果はあるが、説明力は欠けている。北朝鮮の本性を理解することにもっと役に立つ概念として、私は「勝利連合」という言葉を使いたい。この言葉を学界に導入したのはアメリカの政治学者ド・メスキタ(Bruce Bueno de Mesquita)を中心とするグループである。勝利連合(winning coalition)とは、最高権力者を創出・維持することによって自分たちの既得権や利益を守ることができる集団を指す。北朝鮮の勝利連合に属する人々は金正恩体制と運命を共にする。北朝鮮の権力層が、政治学の教科書が論じる「国家目標のために努力する為政者や合理性を追求する官僚制度」などとは無縁な理由はここにある。

「勝利連合」という極小グループの経済

この勝利連合には何人が属するのか。北朝鮮の内部に精通する人々は、人口2500万人のさらに「万分の1」という表現を口にする。実際に韓国統一部が毎年刊行する『北韓主要人士人物情報』の2014年版には315名が掲載されている。その中で老いて実権がない人などを除くとまさに250名程度が残る。さらに、その中で金氏家系と姻戚関係を持つ人々は約1割くらいである。残りは「革命の遺子女」であるか、「万景台革命学院」という「貴族教育」を受けた人々である。彼らの多くは「金日成総合大学」や「金日成総合軍事大学」で学んだ同窓で、知的レベルも高い。勝利連合に属して現代的君主と運命を共にすることの代価として、彼らは権力と富を享受する。彼らは、国全体のビジネスを分配して私物化できる立場にいて、そこで得た資産は北朝鮮の貨幣ではなく、選ばれた貨幣、すなわち、米ドル、ユーロ、日本円、そして中国人民元で保有する。

その下にある第2の経済圏として「ピョンヤン共和国」が挙げられる。北朝鮮が「国家みたい」な存在として外部に投影される、あらゆる場面はここで演出される。そのおかげで国家の3要素、すなわち「領土」「国民」そして「政府」の中の、「国民」と「政府」が結合したイメージが作られる。約180万人に上ると思われる、この経済圏に属する人々は、全員が首都のピョンヤンに住んでいるわけではない。「ピョンヤン共和国」という造語が指しているのは、北朝鮮という政治共同体を日常的に稼働させる「マシン」の機能を果たす階層である。勝利連合を下から支えるこの層は、大学教育受けるか、一つの分野で10年以上働いた職能人とその家族である。

おこぼれを貰える1割の層と圧倒的多数のその他

党、内閣、軍、地方自治体、工場、企業所、学校など北朝鮮の統治インフラを運営するこの人々は、特権は持たないが計画経済が提供する配給をもらう。さらに、北朝鮮経済を支える大きな「腐敗の構造」から落ちる「プラス・アルファ」を貰うのである。たとえば、医者は勤務する病院の薬を持ち出し、闇市場で売ることによって追加収入を得る。国境を警備する兵士は脱北者が差し出す賄賂を受け取って生活を補う。テレビの映像でみるアパートの住民や、都市の道路を歩く普通の小市民に見える人々は、この「ピョンヤン共和国」の構成員と言ってよい。

人口全体の1割にも至らない二つ階層の下に放置されてあるのが普通の「国民」である。いや、これら人口の9割を占める約2300万の人々を国民とよぶには無理がある。国家の構成要素としての「国民(Staatsvolk)」とは、その共同体に恒久的に属しながら、不変の政治的忠誠心をもつことを要件とする。そのように定義するならば、機会さえあれば脱出を求める北朝鮮の人々を「国民」とは呼び難い。韓国では、北朝鮮人民の1割が国外脱出するシナリオを想定する専門家すらいる。また、この人々は税金を納めることもなければ国家からなんら福祉も享受していない。選択肢なしに北朝鮮で生まれて、「個人の幸福追求権」といった現代国家の理念とは無縁の状態で、生き残るためにあらゆる手段を講じて「万人の万人に対する闘争」を繰り広げているのが現実である。彼らは放置された「棄民」にほかならない。

4つの金融圏

金融圏宮廷・党金融軍金融内閣金融地下金融
受恵者 (1) 金氏一族、
(2) 勝利連合
(1) 金氏一族、
(2) 勝利連合
(3) 「ピョンヤン共和国」構成員 (1), (2), (3), そして (4) 棄民
目的・機能 (1) 排他的目的に使う秘密資金確報 (1) 排他的目的に使う秘密資金確報, (2) 軍の段位別財政自立, (3) 反乱を防ぐための腐敗の黙認 (1), (2), (3), (4)「擬似国家」の財政運用 (1)-(4), そして (5) 棄民の自らの生存策
主な仲介機関・組織 「専門銀行」、「合営銀行」 「専門銀行」、「合営銀行」 国営銀行 「ジャンマダン」(闇市場)
代表的金融機関 朝鮮大成銀行、金剛銀行、高麗銀行など 朝鮮昌光信用銀行
第一信用銀行
金星銀行など
朝鮮中央銀行、
朝鮮貿易銀行
闇市場の為替取引屋

上で説明した3つの経済圏が回るようにキャッシュ・フローを管理する機能を果たすのは4つの金融圏に分けて捉えることができる。

①内閣金融

普通の国家で国民経済の金融を管理するのは中央銀行である。その金融管理をベースとして内閣は国民経済を運用する。しかし、この基本的な仕組みが北朝鮮にはない。形式的には内閣、中央銀行(朝鮮中央銀行)などが存在する。公式的に言えば、北朝鮮は中央銀行がすべての金融機能を独占する「単一金融体制」をもっている。資本主義国家で中央銀行と商業銀行が果たす機能は朝鮮中央銀行が担い、為替や決済を含む対外取引は朝鮮貿易銀行に任される。しかし、この部門は北朝鮮で発生する総付加価値の約2割を担当するというのが韓国の北朝鮮専門家の見方である。端的にいって北朝鮮の政府は経済・金融においては擬似政府なのである。残りの8割は宮廷・党金融と軍金融によって説明される。

②宮廷・党金融

北朝鮮の経済・金融を理解する際に、特に重要な要素が宮廷・党金融圏である。独裁政権を維持するためには資金が必要で、その資金を調達・管理するために「専門銀行」が作られた。外貨の出入管理、外資導入などの機能を果たすこの専門銀行は勝利連合のメイン・プレーヤーたちが個別に作った組織である。この専門銀行の働きはさまざまであるが、それを総括する機能を果たすのは最高指導者の意中を代行する書記たちである。この書記組織の中身が外部に明かされることはない。だから専門銀行の間に協業や取引などはない。ある意味では個別に監督される監獄の区画のような仕組みなのである。

そのほとんどが、アメリカ財務省の金融犯罪取り締まりネットワーク(the Financial Crimes Enforcement Network : FinCEN)の制裁対象になっている北朝鮮の専門銀行が誕生した背景は、1970年代中盤の金正日登場期に浮上した「忠誠の外貨稼ぎ」運動だった。その後、1990年代の「苦難の行進」の時期にはあらゆる部門に拡張され、勝利連合の存続のみならず、金正日への「忠誠の競争」の具になった。

この新しい動きに拍車をかけたのが「ワーク」という制度だった。北朝鮮経済を論じる上で必須用語になった「ワーク」とは日本語の「枠」を援用したとしか考えない。「ワーク」とは、最高指導者が割り当てる、特権ビジネスの許認可を意味する。最高指導者の「革命資金」もしくは勝利連合の「共生担保資金」を作るためには外貨稼ぎが必須で、それを実行するように特権機関に「事業ワーク」が与えられた。党の「39号室」や「38号室」をはじめ、統一戦線部、護衛総局、国家安全保衛部、そして人民武力部と軍需生産を総括する第2経済委員会などが「ワーク」が与えられた代表的な機関である。そして、それぞれのビジネスに必要な為替や決済業務を行う専門銀行ができたのである。

その中で一番知られている例が朝鮮大成銀行である。同銀行は朝鮮労働党の中央委員会傘下の専門部署の一つである「39号室」が監督・管理する「大成グループ」に属する専門銀行である。ここで「専門」の機能とは最高指導者が自由に使える秘密資金を調達・運用することである。海外では“Gold Star Bank”という名称で活動するこの銀行はオーストリアのウィーンに支店を置いたこともある。このほかの例として朝鮮金剛銀行がある。党の経済政策検閲部が、烽火貿易と平壤貿易という二つの貿易会社の対外決済を担う目的で1978年に設立した。

③軍金融

最高指導者が、統治機構のすべてに渡って権力を行使する北朝鮮の仕組みの中で、宮廷・党経済と軍経済をはっきり区別するのは無理がある。両方とも勝利連合の「革命資金」を調達するという面では同業者でありながら、事案によっては競争の相手である。軍経済金融において一番目立つのは、武器輸出を主な任務とする第2経済委員会が作った龍岳山貿易総商社の対外決済業務を担当として、1986年に設立された朝鮮昌光信用銀行である。また、軍部は、傘下の企業所の外貨管理を担当するように、1992年には第1信託銀行を、1996年には金星銀行(のちに一心国際銀行に改称)を設立した。

④地下金融

裏腹に、地下経済が急激に拡大している。北朝鮮での地下経済は1950年代から農民たちが栽培した農作物を非公式市場で交換する自然発生現象で始まり、後には日本からの「北送同胞」を経由してくる日本製品や日本円の取引で大きくなった。しかし、地下経済が現在みられるように、権力や政府で統制できないレベルに成長したきっかけは、1990年代の「苦難の行進」の時期に、国家による配給が事実上崩壊したことである。この時点で北朝鮮の計画経済は死亡宣言をうけたことになる。

地下経済で金を回すのは「ドンチャンサ(金商売)」の人々が営む闇金融である。個人が経営するドンチャンサでは、米ドル、日本円、そして中国人民元が主な取引対象であるが、偽造ドルも扱われる。ここで特に注目を引くのは、2009年の貨幣改革で財産を失った北朝鮮の「住民」を中心に中国人民元を取引手段のみならず安全資産として選好することである。これは北朝鮮経済の中国への隷属を加速化する力を内包している。また、勝利連合が米ドルを安全財産として好み、地下経済の「棄民」たちは中国人民元を好むという、ある種の米中対抗が北朝鮮という統制国家のなかで演出されるというアイロニーが起きている。

経済だけが北朝鮮と世界との共通点

「世界村」という言葉が流行るくらいに世界の統合が進む中、東アジアには北朝鮮という現代文明に稀な政治共同体が居座っている。「6者協議」という国際政治の産物が示唆するように、北朝鮮の将来は隣国に多大な影響を及ぼす。その影響を精査する際に、今まで関心が及んでいなかった切り口の一つが「金=マネー」かもしれない。政治体制とは関係なく、北朝鮮に住む人々も毎日生活を営為する経済的動物であることには違いないのだから。

カバー写真=見た目は平穏で華やかさもある北朝鮮・ピョンヤンの「市民生活」(提供・Barcrft Media/アフロ)

北朝鮮