「1965年体制形骸化」に突き進む韓国、その深層とは

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日韓基本条約にくさびを打ち込んだ2つの判決——風景2

彼によると、1965年体制はその寿命が尽きる前に韓国の法曹界によって二つの決定打を打たれたという。ひとつは2011年8月30日の憲法裁判所の判決で、もうひとつは2012年5月24日の大法院(日本の最高裁判所に当たる)の判決である。

まず、憲法裁判所は、従軍慰安婦が韓国政府の外交通商部長官を被請求人として提起した「憲法訴願」事件において、被請求人が韓日間の紛争解決に関する手続きに沿って解決しない「不作為」は、「違憲」であることと判決した。言い換えれば、韓国政府は憲法裁判所に叱られ、従軍慰安婦のための補償の問題に努めなければならなくなったのである。

憲法裁判所の判決よりもっと重いのは、2012年の大法院の判決である。その年の5月24日、大法院は1995年と1997年にそれぞれ三菱重工業と新日本製鉄を対して太平洋戦争徴用工被害者たちが提起した損害賠償及び賃金支給を求める訴訟に終止符を打った。韓国人原告らは日本での裁判に負けた末、訴訟を韓国に持ち来て釜山とソウルで戦った。しかし、両件とも一審と二審で敗訴した。

その揚げ句、大法院に上告、大法院は釜山とソウルの高等法院の判決を破棄して差し戻したのである。その判決の要旨は、日本帝国による韓半島の支配は「不法的強占」であり、「不法的な支配による法律関係」は「大韓民国の憲法精神と両立できない」ということであった。この差し戻しによる再裁判で被告の三菱重工と新日本製鉄(2012年12月より新日鉄住金)は敗訴し、大法院に上告した状態である。

もはや歴史問題の範囲を超えた

2012年の大法院判決を韓国社会は、「大韓民国司法主権の回復」とか「国民の恨みを解けてくれた判決」と称賛した。だが、この判決は日韓関係という観点からみると「パンドラの箱」を開けたようなものといえる。日韓間のあらゆる「歴史的葛藤」は基本的に過ぎ去った事案が対象である。しかし、現役の日本企業に賠償を求める訴訟は現在と未来の事案である。

実際に、太平洋戦争でなんらかの形で朝鮮からの徴用工を雇った全ての日系企業をリストアップして訴訟を起こす動きが見えてきた。さらに、韓国での勝訴を活用して米国法廷でもっと大規模な賠償を引き出そうという動きもある。去る6月6日にはフィラデルフィアに所在する法律事務所Kohn Swift & Grafの代表弁護士で、「戦犯裁判」で有名なロバート・スウィフト(Robert Swift)が、ソウルで「太平洋戦争犠牲者遺族会」と協力するということを発表することまであった。

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政治経済学者、アジア歴史研究者、作家。韓国ソウル市生まれ。米国マサチューセッツ工科大学で比較政治経済論を専攻して博士号(Ph.D)取得。香港科学技術大学助教授、中国人民銀行研究生部客員教授、上海同済大学客員教授、一橋大学客員研究員、国際日本文化研究センター外国人研究員、京都産業大学客員研究員などを経て、北東アジアの政治経済リスクを評価する会社Peninsula Monitor Group, LLCを2015年7月に東京で設立。日本での著作として『竹島密約』(2008/草思社、第21回「アジア・太平洋賞」大賞受賞)がある。『「地政心理」で語る半島と列島』が藤原書店から出版予定。

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