アギーレ新監督の経験が日本サッカーを変える

文化

ブラジルを舞台に行われたワールドカップは、ドイツの24年ぶり4度目の優勝で幕を閉じた。前回の優勝は西ドイツ時代の1990年。統一ドイツとしては初の栄誉であり、南米開催で欧州が頂点に立ったのは初という快挙だった。一方、グループリーグ敗退の日本は新監督にハビエル・アギーレ氏を決定した。日本のサッカーは今後、どう変わるのか、展望してみた。

世界の潮流はショートカウンター

ドイツは準決勝でサッカー王国ブラジルを7-1で下す歴史的圧勝を演じ、決勝では希代のタレントであるリオネル・メッシ(大会MVPに選出)を擁するアルゼンチンを延長の末に下した。2000年欧州選手権でグループリーグ敗退を喫したことをきっかけに、若手育成の仕組みを変えるなど国内改革を断行し、そこで発掘された有能なタレントを、2006年に就任したヨアヒム・レーブ監督が長期的に起用しながらチームを強化した結果である。

W杯ブラジル大会で優勝トロフィーを掲げるドイツのマリオ・ゲッツェ。(写真提供=時事)

サッカー界の戦術トレンドは4年に一度のワールドカップごとに進化を遂げており、今大会も例に漏れることはなかった。10年南アフリカ・ワールドカップでポゼッションサッカーを極めて優勝したスペインは、今回まさかのグループリーグ敗退。ポゼッションサッカーに代わって戦術のトレンドとなったのが、ドイツに象徴されるショートカウンターだった。

全体をコンパクトに保ち、高い位置でプレスを掛けてボールを奪い、鋭くゴールに向かっていく。低い位置で網を掛けたところからロングボールを蹴るという、従来のカウンターのイメージとは違う。しかも、以前のカウンター攻撃が最前線の2、3人に任されていたのに対し、最新トレンドでは多くの人数を掛けるシーンが目立っていた。ドイツだけではない。ブラジルやメキシコといった中南米勢も同じようなスタイルだった。

ショートカウンターが多用されるだろうということは、国際サッカー連盟(FIFA)が大会前から分析していたことだった。欧州チャンピオンズリーグのトレンドがまさにそのスタイルに変化していたからだ。

ゴールを生んだ素早いカウンターアタック

開幕戦のブラジル対クロアチアの主審に任命された西村雄一国際主審は、「ワールドカップの審判団で大会前に行ったチーム分析の中でも、カウンターアタックが最もゴールの可能性が高い戦術であるとされ、それにいかに対応するかに重きを置いたレフェリートレーニングを行った。実際に大会が始まっても、4年前と比べて各チームがゴール前に素早くボールを運んで得点につなげるということを徹底していると感じた」と明かした。

攻守の素早い切り替えと、少ない手数でスピーディーにゴールに迫るというやり方はチャンスを多く生むことにつながる。今回のもう一つのトレンドである3バック(5バック)という守備的なシステムを採用するチームが躍進しながらも、試合の面白さが損なわれることがなかったのはそのためだろう。

しかしその一方で、カウンターだけに頼る戦術では上位に到達することは難しいことも浮き彫りになった。ドイツをはじめとする上位国は、カウンターもポゼッションもできるチームだった。

アギーレ新監督の試金石はアジアカップ

大会終了後、いくつかの有力国が次期監督の名を発表してきた中、日本サッカー協会は7月24日にメキシコ人指揮官、ハビエル・アギーレ氏が日本代表監督に決定したと発表した。4年前のアルベルト・ザッケローニ監督との契約合意が8月末だったのと比べると、1ヵ月早いタイミングだ。

アギーレ氏については、ザックジャパンがグループリーグで敗退した直後から一本化された状態で報道されたことで、日本協会の“早すぎる”動きに疑問を呈する声も出ていた。けれどもこの動きは、15年1月にオーストラリアで開催されるアジアカップに向けて時間が少ないことを念頭に置けば必然の流れであるといえる。

アジアカップは3位以内で次回2019年大会の予選を免除され、優勝すればコンフェデレーションズカップという貴重な大会の出場権を得ることができる。日本は3位以内を死守するのはもちろんのこと、当然優勝を狙っていく。ブラジル・ワールドカップでアジア勢4ヵ国が1勝もできずにそろって討ち死にしたことで、アジアサッカーの評価が大きく下落している今、親善試合のマッチメーキングを少しでも優位にするためにも、アジアチャンピオンの肩書きは手にしていたいところなのだ。

ザッケローニ前監督は実際に指揮を執った2010年10月のアルゼンチン戦からわずか3ヵ月でカタール・アジアカップを制したが、毎回このようにうまくいくとは限らない。また、18年ロシア・ワールドカップのアジア予選形式が変わることも、新監督候補の一本化を早めた要因だろう。

日本サッカーにバリエーションを

新監督になるアギーレ氏は、メキシコ出身の55歳。現役時代にはメキシコ代表として1986年のメキシコワールドカップに出場し、監督としても2002年の日韓ワールドカップ、2010年の南アフリカワールドカップでメキシコ代表を率い、いずれもベスト16に進出した。

南アフリカ大会以降は、スペインリーグ・サラゴサの監督に就任。2012年11月からはエスパニョールで指揮を執り、最下位に沈んでいたチームを立て直した。昨季も予算の少ない同クラブで監督を務め、14位で1部残留を果たし、5月に退任していた。

ザッケローニ前監督が代表監督を率いるのが初めてで、ワールドカップの経験もなかったことと比較すれば、アギーレ氏は非常に経験豊富だと言える。

アギーレ氏と直接交渉を行ってきた日本サッカー協会の原博実専務理事は「日本人は、コンディションが良く、いろいろと条件が整えばベスト16に行くことは可能だと思う。しかし、現状のままではベスト8、ベスト4に常時入っていくには力が足りない。得意な形を出せないときに、悪いなりに踏ん張れるというバリエーションが必要だった」と分析し、アギーレ氏に対しては「戦術的引き出しの多い監督であり、日本人の良さを引き出してくれる。今の日本に一番ふさわしいと思う。勝負強さを植え付けてほしい」と期待を寄せた。

4年前の日本代表は国外開催で初めてベスト16に進出したものの、大会で用いた守備的な戦術を継続しようという向きはなかった。ところが今回のブラジル大会は前回とは対照的だ。成績は最悪だったが、日本人の技術や俊敏性を生かし、ボールを保持して自分たちから仕掛けていくスタイルを継続していこうという“軸”が生まれた大会でもあった。

アギーレ氏に求められるのは日本の良さを磨き上げながら、状況を見て臨機応変に立ち向かう力を持つチーム作りをしていくこと。さらに注文をつけるなら、Jリーガーに対してもしっかり目線を注ぐこと。まずは年内に6試合組まれている親善試合に注目したい。

ハビエル・アギーレ新監督プロフィール

Javier Aguirre Onaindia
1958年メキシコシティ生まれ。メキシコシティのクラブ・アメリカでプロ選手としての経歴をスタート。守備的MFとして86年W杯メキシコ大会に出場し、8強まで進出した。93年に現役引退。95年よりメキシコのクラブで指導実績を積み、2001年にメキシコ代表監督に就任。02年W杯日韓大会で16強に進出。その後、CAオサスナ、アトレティコ・マドリードというスペインのクラブを率いた。09年、再度メキシコ代表監督に就任し、10年W杯南アフリカ大会で16強に進出。10~11年レアル・サラゴサ、12~14年エスパニョールの監督を務め、2014年日本代表監督に就任した。

Jリーグ発足以降の日本代表監督実績 

就任期間監督(出身国)通算成績W杯とアジア杯の戦績
1992年5月~93年10月 ハンス・オフト(オランダ) 17勝4敗6分け 92年アジア杯優勝、94年W杯アメリカ大会アジア最終予選敗退
94年5月~94年10月 パウロ・ロベルト・ファルカン(ブラジル) 3勝2敗4分け 94年アジア杯準々決勝敗退
95年1月~97年10月 加茂周(日本) 24勝14敗8分け 96年アジア杯準々決勝敗退、98年W杯フランス大会アジア最終予選で途中更迭
97年10月~98年6月 岡田武史(日本) 5勝6敗4分け 98年W杯フランス大会アジア第3代表決定選突破、W杯フランス大会1次リーグ敗退
98年10月~2002年6月 フィリップ・トルシエ(フランス) 23勝12敗15分け 00年アジア杯優勝、02年W杯日韓大会16強
02年10月~06年6月 ジーコ(ブラジル) 38勝18敗15分け 04年アジア杯優勝、06年W杯ドイツ大会1次リーグ敗退
06年8月~07年10月 イビチャ・オシム(ボスニア・ヘルツェゴビナ) 13勝5敗2分け 07年アジア杯4位
08年1月~10年6月 岡田武史(日本) 26勝11敗12分け 10年W杯南アフリカ大会16強
10年10月~14年6月 アルベルト・ザッケローニ(イタリア) 30勝13敗12分け 11年アジア杯優勝、14W杯ブラジル大会1次リーグ敗退

今後の日本代表スケジュール

2014年9月5日 キリンチャレンジカップ 対ウルグアイ代表
9月9日 キリンチャレンジカップ 対ベネズエラ代表
2015年1月12日 アジア杯オーストラリア大会 対パレスチナ代表
1月16日 アジア杯オーストラリア大会 対イラク代表
1月20日 アジア杯オーストラリア大会 対ヨルダン代表

(2014年10月10日、10月14日、11月14日、11月18日にも国際親善試合を開催予定)

タイトル写真提供=アフロ

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