人形村“かかしの里”に見る限界集落の現実
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人間そっくりの“かかし”が、集落のあちこちにまるで生活をしたり、働いたりしているように置かれている。その人形の数は、集落の人数(約40人)より多い約100体に上る。人形たちにはそれぞれの個性があり、ほのぼのとする光景を醸し出している。しかし、人口減少社会の中における「限界集落」の現実を浮き彫りにしているだけに、見様によっては、怖ささえ感じられる。
11年で350体制作、現在約100体
かかしの里がある場所は、徳島県三好市の山里である標高800メートルの名頃(なごろ)集落。空に近いので、別名「天空の里」ともいう。四国のほぼ中央の中山間地帯で、徳島市内から車で片道約3時間、平家の落人が隠れ住んだ集落よりもさらに奥の集落だ。広島に留学中のドイツ人学生が2014年春に訪れ、動画撮影し投稿したところ、世界から50万回以上も再生され評判になった。
人形を作成したのは、12年前に大阪から故郷に戻った綾野月見(あやの・つきみ)さん(64)。今は父親との2人暮らしだ。人形作りのきっかけは「故郷に戻ってから畑に種をまいたけれど、何も生えてこなかった。それで、かかしを作ってみようと思った」という。畑に野生の動物を寄せ付けないためだったが、11年になる人形作りは、実に350体に上るという。
作り方は、まず表情豊かな顔づくり。次に、木枠に新聞紙を80枚以上巻いて胴体を作り、要らなくなった洋服やブラウス、スニーカーや長靴などを着せて完成する。
制作は、1体2日間程度で、洋服などは全部リサイクルだ。しかし、家の軒先や畑の中に設置するので、2年くらいしか持たないという。それで、これまでに制作した数は350体に上る。現在、集落に点在するに人形は約100体だそうだ。
人形には、自由閲覧の「基本台帳」あり
面白いのは「かかし基本台帳」があることだ。綾野さんの実家近くにある休憩場所にその台帳が置いてあり、訪れる人ならそれを自由に閲覧できる。そこの掲示板には「わしらは普通のかかしさんとはちーっと違うんでよ。みんなに名前があって、性格もあり、人生の物語をもっとって、それが全部台帳にのっとんのよ」と記されている。
で、かかし村の第1号は、村長の続裕次郎さん(68)。台帳によると「子供のころは、ガキ大将。某有名大学を卒業後、大手商社に勤務。30歳の時、幼馴染のきよちゃんと結婚を機に故郷に。地元森林組合に勤務し山を守る。実直な人柄。現在3期目」とある。さらに「作業着からアルマーニのスーツまでそつなく着こなす」との特徴が記載されており、実際の村長さん人形は紺のアルマーニの背広を着ているようだった。
作者の綾野さん、「元気なうちは作り続ける」
綾野さんは、現在、月に1回徳島市内で、主婦や若い人たちに人形作りを教えている。3時間かけて来る愛車には、青年の人形がしっかりと助手席にのせられていた。
綾野さんは、「人形のおかげでいろんな人に会えた。元気なうちは作っていきたい」と淡々と語ってくれたが、かかしの里が大きな反響を呼んだことについては「趣味でやっていることなので」と繰り返すばかりで、それ以上は説明しようとしなかった。でも、集落の住民は「かかし」による村おこしを歓迎している。
綾野さんによると、集落の一番若い人は中学生2人だそうで、あとはほとんどが高齢者だという。
「限界集落」の現実映し出す“かかしの里”
過疎化と高齢化で、共同生活の維持が難しくなり、社会単位としての存続が危ぶまれる集落を「限界集落」という。総務省調査によると、2013年4月の時点で限界集落は、日本全国で1万91か所にも上る。
取材に訪れた2014年7月初め、かなりの雨が降り続き、見かけた住人は1人だけ。通過した車は約1時間半のうち軽トラック3台だけ。雨に濡れた人形は、不思議な存在感を感じさせ、ユーモラスな人形にはなんとなく傘を差しだしたくなった。
しかし、これがもし夜間の本当に真っ暗な中で、人形たちの姿を見たらどうだろう。分かっていてもドキッとするだろう。限界集落の現実の厳しさを思い知らされるかもしれない。
少子・高齢化という急速な人口減少社会の中で、名頃集落のように本当に自然に恵まれた美しい集落が、「人形だけの村」となってしまうのは、そう遠くない日かもしれない。米国のニュースサイト・ハフィントン・ポストは、「見捨てられた日本の村」として、かかし村を紹介した。