変革期の人材育成:米百俵の精神
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現在の日本は明治維新、第二次世界大戦敗戦に続く、「変革期」であろう。しかし大学では社会に出て即戦力になる実学が重宝され、日本史をよく理解しないまま社会人になる学生もいる。真に次世代を育てる糧になる、次の時代の要請にこたえられる教育とはどのようなものか。
米百俵を学校教育に投資
19世紀当時、東アジアは欧米列強の植民地主義の脅威にさらされていた。その中で日本は、幕末から明治にかけての混乱の中で、西洋に追いつくべく人材育成に力を入れた。
幕末維新の戦乱で敗北し、焼け野原となった長岡藩が財政難で苦しんでいた中、近隣の支藩の三根山藩が、同藩に米百俵を見舞として送付した。藩士たちはこれに喜んだ。
しかし当時優れた人材を育成しようと、佐久間象山(1811~64年)の門下生で、長岡藩下の寺の中に学校を開校していた大参事(現在の副知事相当)であった小林虎三郎(1828~77年)は、これを目先の消費に回すのではなく、学校教育に投資する。「時勢に遅れない、時代の要請にこたえられる学問や芸術」への投資とした。その日の食料としての米を要求する藩士たちに対して、虎三郎は、今の百俵が将来には何倍にもなるとして、人材教育の重要さを説く。
第二次世界大戦中の1943年、山本有三(1887~1974年)はこの美談を戯曲として書き下ろし、歌舞伎座で上演され知られるようになった。2001年には、当時の小泉純一郎首相が所信表明演説でこれに言及して話題になった。海外でも、2003年竹元正美ホンジュラス大使のイニシアティブの下で、ホンジュラス人自身によって上演された。反響をよんで、他の中米諸国でも演じられた。
この美談が時代を越えて語り継がれるのは、また国境を越えて共感を呼ぶのは、幕末維新期の変革期において、国家の存立基盤を人材育成に置いた、教育立国思想という東洋の人間精神を重視したからではないか。
国家の未来に必要なこと
豊かな日本で、志を探し精神を鍛えるには何が必要であろうか。「国民」が歴史を冷静に学ばず、自分の国に誇りを持てなくなったら、その国に未来はあるのだろうか。虎三郎は「小学国史」を編纂(へんさん)して平民児童でも歴史を理解できるようにした。現代もそのようにまず過ちや反省も含む日本の成り立ち、社会の仕組みをしっかり学び、日本人としてのアイデンティティを確立する必要がある。その上で必要な部分は他国からも取り入れる、象山の説くような「東洋道徳・西洋芸術」の精神も思い返す必要があろう。最近はようやく実業界でも、社会人として日本史や世界史の教養を身につけるべきだという考えも出てきた。教育で時代の要請にこたえるには、即効性の観点のみで判断するのではなく、長期的に何を目指すのか「志」を有することが必要ではないか。(※1)
「独立自尊」の精神を呼び起こす
また福沢諭吉(1835~1901年)は、国民一人一人が独立していれば、国も独立できる、強くなれるとの「独立自尊」の精神を説いた。政府の政策に依存し批判を繰り返す前に、まず我々国民一人一人が、日本、日本人とは何かを振り返るべきであろう。
(2013年2月13日 記)
(※1) ^ 坂本保富「米百俵の主人公 小林虎三郎」(学文社/2011年)